内田麻理香『恋する天才科学者』講談社〔2007.12〕を読みました

  内田麻理香恋する天才科学者講談社〔2007.12〕を読みました

【1】一言紹介

  アインシュタインなど著名な科学者16人の評伝です。評伝なのですが、視点が面白く、著者内田氏は「各々の人間の側面に焦点を当てて」(p.2)います。そして、その人間の側面を肯定されています。あの立川談志師匠の名言「落語とは人間の業の肯定である」で言われているような「業の肯定」とでもいうべき視点で描かれています。著者曰く「『人間賛歌』の本」(p.2)とのことです。

  著者内田氏は科学者たちの業績や人生についての資料をとても読み込まれています。とても博覧強記なのですが、軽快な文体で、一話一話が落語のような作品となっています。

【2】メッセージ

  天才科学者たちも人間であって、弱みもあった。ヘンなところもあった。で、だからこそ魅力的ではないか、というメッセージを拝受致しました。

【3】組み立て
 
  著者内田氏は科学者たちの人生を丹念に追いながら、愛すべき側面を括りだしてくれます。

  拝読致しますと、科学者たちの人生は下記の5つの要素で捉えられ、整頓されているように思います。

  (A)両親から引き継いだもの、幼少の頃の経験
  (B)本人の人柄、ルックス、スキル、芸風、得手不得手、嫉妬心
  (C)運、縁、出会い、鍵となった支援者
  (D)本業である科学的業績
  (E)副産物たるエピソード、主に浮いた話
 
  通常の伝記であればA→Dという流れがメインになると思います。しかし、本書は人間の側面の「業」の肯定というわけですから、人徳人柄の形成に着目され、それが顕れるようなエピソードに注目しておられます。すなわちB→Eがメインの流れになっております。

  そして、そのBの背景事情がきっちりと物語となっています。AがBを形成していること、BがCを呼びよせること、また、CがあってこそのDということを解明されておられます。そして、Bをよく顕わすエピソードEという取り上げ方をされています。

  著者内田氏は、こうした連関をとてもシステマティックに理解されているのだろうと拝察します。そして、その理解をとても面白い物語にして解明してくれています。ありがたい組み立てであります。
  


【4】趣向

  先にも申しましたが、著者内田氏の語り口はとても軽快で洒脱です。分析臭はまったく感じさせません。講談、落語のような名調子です。比喩も見事です。ガロア源氏物語の柏木、ハンフリー・デイビーは『アマデウス』のサリエリダーウィンは家康,オッペンハイマー漱石の『門』の宗助、ノーベルとゾフィー交際は『マイフェアレディー』等々…才気煥発な比喩の語り口であります。

  要約も鮮やかです。アインシュタインのE=M×(Cの二乗)という式は「簡単に言ってしまえば」(p.147)という枕詞の後にわずか31文字で要約されています。さらにユング心理学におけるシンクロニシティという概念も「乱暴な説明になってしまいますが」(p.195)の後にわずか19文字で要約されています。シュレーディンガー不確定性原理もまた29文字で要約されています。この要約の腕がまた独特のテンポを作っています。

  オチのつけ方も職人技でありまして、一つの話の中で途中に出てくるキーワード(「パウリ効果」など)については、オチで呼応させておられます。一種の係り結びのようなものです。一つ一つの評伝を読み物・作品として完成させておられるところも堪能させられました。

  お話の最後に必ず、ダメ押しのように一人一人に対してチャートで位置づけをされています。SWOT分析のような軸の設定がまた凝っています。

  比喩、要約、係り結び、図示といった技が効いていて、とても触発されました。


【5】感謝

  コメディアンの評伝には小林信彦氏の名著「日本の喜劇人」があります。読者私としては、その本の隣に科学者の評伝として本書があります。本書のように闊達に科学者を語る人がおられるのですね。そのこと自体に感謝いたします。

  読者私には、よく分析されている得手不得手のところが特に勉強になりました。彼らの弱み、強みの分析はまるで、コメディアンの芸風の分析のようであります。

  プレゼン下手もいれば講演の名手もいる。 
  手先が不器用で実験が苦手の人もいれば実証派もいる 
  書くのが苦手な人もいれば入門書の名ライターもいる
  直感派もいれば根気よくまとめるタイプもいる
  数学が苦手の人もいれば、数学の名手もいる、という具合。

  天才科学者たちにも、それなりの芸風があるのですね。こういう観点、切り口をつくり出して面白い書き物にして下さった著者の腕に感謝申し上げます。

  
以上