佐藤知一、山崎誠『BOM/部品表入門』日本能率協会マネジメントセン

 佐藤知一、山崎誠『BOM/部品表入門』日本能率協会マネジメントセンター〔2005.1〕を読みました。

【1】一言紹介

 読者私は製造業のサラリーマンです。仕事に役に立ちそうな本というのを読むことも多いです。しかし、これほど魅力的な本には出会ったことがありませんでした。

 本書は製造業のサプライチェーンの在庫問題の本です。在庫問題を解決するにはBOMを活用せよという本です。問題そのものよりもBOMという解決手段の方に光をあてて、どう活用すればいいかを述べられています。

【2】メッセージ

 読者私は著者のメッセージを下記のように理解しました。
 (1)製造業のサプライチェーンには在庫問題という中心問題がある
 (2)これを解決するにはBOMを活用することが有効だ。
 (3)BOMは品目に関する属性情報、構成情報、工順情報、実績履歴情報によって構成される情報群だ。
 (4)BOMには目的によって使い方がある。
 (5)BOMを活用する仕組みを構築するには強いプロジェクト、人材が必要である。

 
【3】読み応え

 内容は(4)のBOMの使い方が中心です。

 読めば読むほど、BOMは個々の製造業の現実の特性や様相を写像する情報であることが理解できます。その写像の方法論がわかりやすく解説されています。現実を写像したBOMがまた物作りの現実に活用されることが解説されています。

 双方向の写像・転写にBOMの魅力があることがよく理解できました。

BOMが製造業の現実を写像するという方向の議論があります。在庫するなら品目を起こせ、品目の親子関係は工程でつなげ、工程には資源を対応させよ、試作段階から登録せよ、オプションはモジュール化BOMに入れろ、などといったメッセージが丁寧に説明されています。

 また、BOMをもとに業務を行い、モノを製造する、という現実への写像という方向の議論があります。マトリクス表現で部品の共通化を勧める、BOMを開示してサプライチェーンを効率化せよ、納期を回答せよ、材料の所要量計算に使え、指図書を出すことに使え、など、BOMの活用する場面がわかりやすく述べられています。

【4】著者の根底にある哲学

 著者の記述が魅力的なのは、製造業の様々な事実に対して謙虚な哲学をお持ちであるからだと思います。読者私は著者の哲学を下記のように理解しました。

 (1)物事は相対的なものであり、絶対の正解は無い。
 (2)どうすればよいかは個々の企業の特性と目的による。
 (3)個々の企業の現実を緻密に分析することが重要だ。
 (4)衆知を集めることが重要だ。
 (5)情報を集め、利用する技術が情報技術である。

【5】著者の語り口

 語り口も魅力です。
 BOMに関する本論は、コンサルタントが架空の企業の実務部門に質問を投げかけるという構成になっています。
 
 本論自体がBOMのような作りになっています。本論はこの質問から始まる約60の論考で組み立てられてます。
 
 論の始まりは「BOMをいくつお持ちですか?」といった具合です。一つ一つの章は、こういった質問を導入部で始まるだいたい2000字程度の記事になっています。

 この個々の記事がまた部品表のように下記のような要素によって組み立てられています。

 (1)ケース:こういうことが世の中によくあるという観察
 (2)問題:これは実はこういう問題なのだという問題設定
 (3)対策:これを解くにはこうすればよい
 (4)分析:なぜかというと、こういう定理がある。定石があるのだ。
 (5)本質:さらに根底にはこういう本質があるのだ。

 こうしたユニットが絶妙に構成され、実に読みやすく、理解しやすくなっています。

 更に豊富な事例が論拠となる部品のように挙げられています。この事例がまた著者の豊富な実践・実戦経験をうかがわせてくれます。
 ここがまた本書の魅力となっています。

【6】事例に共鳴

 事例として挙げられている製造業の実務場面については、とても親しみが湧くものが多かったです。自分の製造業での場面が想起されるような場面も多くありました。これがまた言い尽くせぬ本書の魅力の源泉であると思います。
 
以上

Dave Garwood (原著)山田 太郎 (監訳) 『製造業のBOM入門』日経BP社

Dave Garwood (原著)ネクステック株式会社(著訳)山田 太郎 (監訳) 『製造業のBOM入門』日経BP社〔2006/12〕を読みました。

【1】一言紹介

 一言で言えば製造業における構成部品表(BOM)の本です。BOMの重要性がわかる本です。

 製造業では構成部品表(BOM)の情報が部署別目的別に作成され、維持されていることが多いです。この情報を統合的に取り扱うことの効用、方法、アプローチが述べられています。 

【2】組立て

 本の作りとしては、二つの本が合体したような作りになっています。前半の2/3がアメリカのベテランコンサルタントDave Garwoodさんのやや随筆風の解説本。後半の1/3が日本のITサービス企業ネクステック株式会社による論文風の解説になっています。

 語り口も対照的です。Dave Garwoodさんの方はベテランコンサルタントらしくジョークも交えながら、「あの企業ではこうだった」、「こんな失敗談もみた」、と体験談を踏まえながら、豊富な知見を話してくれます。一方のネクステック株式会社の方は新進気鋭の論客による仮説という文体です。未来に向かったアピールという感じがします。

 二通りの文体が味わえます。(讃岐うどんの「ひやあつ」のような味わいがある本です)

 どちらも製造業では部品表情報(BOM)を統合的に扱うと便利であるという効用を述べられています。「どこの範囲を統合するのか」という範囲の捉えかたや「どうすれはそれが享受できるのか?」という方法論のところで、それぞれに個性があります。

【3】Dave Garwoodさんのメッセージ

 Dave Garwoodさんのメッセージを読者私は下記のように受け取りました。

 (1)BOMは製造業の部署全員が利用者だ。だが所管部署が特定されていない。特異な情報だ。
 (2)BOMは製品、プロセスを写像した重要な情報である。
 (3)重要な情報である。だから部署別に散在しているのはよくない。統合すべきだ。
 (4)モノづくりに必要は情報はすべてBOMにあるべきだ。
 (5)BOMを図面に依存させるような管理の仕方もある。だが、図面とBOMとは切り離して管理すべきだ。
    一意性識別の観点からみれば図面の識別ID:BOMの識別IDはN:Mのはずだからだ。
 (6)BOMは目的別に複数ある。だが、マスタとなるBOMがあるべきだ。
 (7)マスタとなるBOMにはモジュール化の考え方が必要だ。
    モジュール化とは製品の仕様を決定する要素をグルーピングすることだ。
 (8)モジュール化されたBOMがあると、ここから生産計画用のBOMも派生させることができる。
 (9)生産の現場では急遽代替品でまかなったりすることがある。
    構成部品情報は作業指示の都度変わることがある。
    そういうときには作業指示用に従属した都度都度のBOMを用意するのがよい。
 (10)BOMを運用するには変更業務、管理者が重要である。
    BOMを利用する上ではコンピュータは重要ではない。
 (11)ソフトウェアパッケージではモジュール化されたBOMが取り扱っていない。
    ソフトでは難しいことをやらず単純なものがよい。

 圧巻はモジュール化されたBOMを説明してくれるくだりです。著者Dave Garwoodさんは芝刈り機の例を使って説明されています。これはわかりやすいです。また、モジュール化されたBOMが効能を発揮した事例としてはブルーバード社というバス会社の例を体験談として取り上げておられます。
 
 実際には、このモジュール化は難しい作業と感じています。製品のモデル化ということが必要になります。要素間の依存関係も知らなければなりません。どのような要素によって仕様が決定されているかをモデル化する必要があります。

 この作業を担える人材が誰なのか。企業内で製品構造のモデル化を行うのは難しい。特に情報部門にはまるで無理というところがあります。Dave Garwoodさんの理想像実現するための条件ととらえました。

【4】ネクステック株式会社さんのメッセージ

ネクステック株式会社さんのメッセージの方は下記のようにうけとめました。「BOMはPLM(製品ライフサイクルの情報管理)のツールである」といった主張と捉えました。

 (1)売れる製品をタイミングよく市場へ投入するには仕様のマネジメントが必要である。
 (2)仕様をマネジメントする考え方としてPLMという考え方がある。
 (3)PLMにはBOMが必要だ。
 (4)市場投入のプロセスにはフェーズがある。このフェーズによって、また部署によってBOMの目的は異なる。
 (5)目的別の複数のBOMを効率的に連携させなければならない。
 (6)図面とBOMとの関係では、図面とBOMとは切り離すべきだ。
    連携・インタフェースを一方通行に設計するのがよい。
 (7)目的別BOMの連携を考えるには「共通単位」を発見する必要がある。
 (8)共通単位を発見すれば製品開発の作業スケジュールにも利用できる。
 (9)そういうアプローチのためにはデータモデリングが必要だ。
 (10)データをモデリングしてビジネス、サービス、情報、BOM構造、データの5層のモデル化をせよ。
    属性は品目によって異なるのである。(読者私にとってこれは賛同。かねてから重要なポイントと思っていた点です)
 (11)日本の製造業は強みを生かすには、受注設計型であれ、見込量産型であれ、CTO型へ移行すべきだ
 (12)それには顧客仕様を分解して外擦り合せ・中組み合わせ型の製品構造にすべきだ。
 (13)BOMを利用して、提案型営業、コスト作りこみに活用すべきだ。
 
 ここでの圧巻なのはふんだんに使われている解説図です。目的別のBOMを製品の市場投入フェーズと関係付けて模式的に示してくれます。
 
 Dave Garwoodさんは製品仕様のモデル化を主張されておられましたが、ネクステック株式会社さんの方はフェーズ・部署を横断したデータのモデリングが重要だと主張されておられます。
 
 これもなかなか難しい作業です。特に共通単位の発見をどのように行うか。この作業プロセスが重要であると思いました。さすがにそこまでは明示してくれません。おそらくネクステック株式会社さんのノウハウになっているのでしょう。

 目的別のBOMがうまーく連携できている、というのが理想像であることは理解できました。そしてそれには「共通単位の発見」というのが重要な条件になっていることが理解できました。
 
【5】読みどころ

 Dave Garwoodさんが芝刈り機のモデリングを説明されている箇所は読みどころだと思います。

 芝刈り機はサイズとエンジンと始動機で製品が一つに定まる。サイズに従属して軸受箱がきまる。だから軸受箱はサイズのグループに入れるという考え方です。共通部品はそれはそれで一まとまりにしておきます。このようにしてモジュール化を進めるのだそうです。

 ここで、サイズとエンジンとの組み合わせによって軸が決定されるというケースを要検討ケースとしてとりあげておられます。こういうときは軸を1サイズ化できないかという検討の機会だ、と言われています。

 ここまでくるとBOMは製品やプロセスの写像、鏡というよりも、生産システム改善の武器という地位になります。
 
 このような考え方は勉強になります。製品の一つ下のレベルの品目でバリエーションが激減するような場合、とても有効ですね。バス製造業のケースでは、実際にモジュール在庫を持つ戦略で在庫削減を達成した例をあげておられます。

【6】感謝

 BOMというのは地味な領域なのですが、携わるとそれなりに醍醐味があります。それはネクステック株式会社も書かれているように「BOM構築の最大のだいご味は、企業の基本構造にメスを入れることにあるのだ」(p.190)という側面だと思います。
 
 単なるアプリケーションに使われる基準値ではない側面を描き出してくれている点に感謝申し上げます。




 

橋本和彦『「3本線ノート」で驚くほど学力は伸びる』大和書房〔2008

橋本和彦『「3本線ノート」で驚くほど学力は伸びる』大和書房〔2008.3〕を読みました。

【1】一言紹介
  ノートの取り方の本だ。メモではない、ノートだ。ノートを勉強現場そのものとして扱おうという本だ。 

【2】感謝
  実にわかりやすい。子供の勉強に一部分を実践させてもらっている。

  サラリーマンである私にとてもわかりやすい。企業内の情報化の常道を想起させてくれる箇所が随所にあるからだ。例えば、企業の中では、コールセンターや障害情報を集積して再発防止ノウハウを抽出するようなことがよくある。イベントのデータからナレッジのデータベースを作るプロセスだ。このプロセスの考え方とよく似ているなあと思う。とても賛同できる本だ。  

 また随所に企業の中で行われている無駄取りやカイゼンの手法の根源にある考え方と近接したものを感じる。用語も「課題達成型」「問題解決型」といった用語はQCと親和的だ。考え方の中にもそんなところが窺える。例えば、ルーズリーフは間接業務の温床であるから無駄であり、駄目だという。鉛筆は「見える化」に反するから駄目だという。素晴らしい着眼であると思う。  

【3】メッセージ

 ノートの取り方に「3本線ノート」という方式を推奨されている。
 本論を私は下記のように理解した。
 (1)ノートは時間軸の順序で書いてゆくべきものだ。
    見開き左側を使って発生日と題目を明示し、記述すること。例えば板書内容とか例解。
 (2)見開き左側に記述された事象から得られたこと、知見を見開きの右側に書くこと。
 (3)これによってこの欄が独立する。自分が得た知見をはっきりと明らかにする。
 (4)復習のときには、この右側を通覧して観て行くことで理解が定着する。  
 (5)更に、ノートであるから、右から左をみれば、その知見の素になった実際の問題を解決した筋道がわかる。トレースできる。(企業でいうところのトレーサビリティだ)  

 (個人的には「もう一度その問題をやる」ケースではどうするかについては、考え中だ。大きめのポストイットを貼ることなどでどうだろうか?)

【4】組み立て

 本書では、算数、英語、理科など、実際の科目でそれぞれ、「3本線ノート」をどのように書くか、という実践的な解説をしてくれている。これが豊富なる事例にもとづいているらしく、実に説得力がある。

以上

上野泰生『実践デジタルものづくり』白日社〔2005.11〕を読みました

上野泰生『実践デジタルものづくり』白日社〔2005.11〕を読みました

【1】一言紹介

 本書は製造業におけるプロセス改革とIT活用についての解説書です。本書で対象としているプロセスは製品開発〜生産に至るモノづくり、製品化のプロセスです。著者は、この製品化プロセス全体(構想設計〜論理設計〜調達〜生産〜検査〜修理…)を俯瞰した上で、
 (1)何が問題となっているのか、(出版時は今から約4年前。課題認識は2005年の時点の情勢の中で書かれています)
 (2)問題解決において、情報技術をどこでどう活用すれば
 (3)どういう便益があるのか
 を解説してくれています。

 著者は株式会社図研の取締役営業本部長(本書の紹介記事の当時)を務められている方。この会社は「電子回路CADベンダー」からなのか、本書は電気設計、電子部品の分野をしっかりと軸に据えて説明がされています。セットメーカー、電子部品メーカー両方の観点から、電子部品分野にじっくりと対象が絞られています。製品化プロセス入門という観点からも読めます。

 また「実践」と銘打たれているだけあって、随所に事例、現場的なカン、事実、現場用語などを反映されています。ここが本書の魅力となっています。 

【2】メッセージ
 
 読者私は著者のメッセージを下記のように受け止めました。
 (1)ものづくり日本が世界で競争するためにはプロセス改革をさらに進める必要がある。
 (2)日本が強いのはオペレーションだ。
 (3)この強みをいっそう生かすように情報技術を使うべきだ。
 (4)各社にとって最適なモノものづくりのインフラ、プロセスをつくるべきだ。
 (5)それは現場と現場との間の最新情報をつなぎ、ものづくりを支えることである。

 筆者は具体的な技術としてタイトルにもなっている「デジタルものづくり」を挙げておられます。これは、要するに、プロセスを担う現場の間での擦り合せをもっと付加価値の高いものにする、もっと効率的にするということなのだと受け取りました。この現場間というのが、エレキとメカであったり、開発と生産準備であったり、セットメーカとサプライヤとであったりすると理解しました。


【3】組立

  最初に本書の背景として日本の製造業をとりまく状況を概説されておられます。次に本書の対象範囲・視野を設定され、前提となる知識を説明されています。
  その設定を踏まえて、以降の章を4つの利用技術別に分けて、情報技術の活用機会を紹介されています。

  整然とした構成で、理解を助けてくれます。    

  冒頭第一章の背景説明では、「モノづくりパラダイムの変化」と題して、製造業の製品開発プロセスの2005年時点で捉えた課題を述べられておられます。

  機器はどんどん小さくなるから、狭い空間をメカとエレキで最適に共存する擦り合わせがますます必要。生産が遠隔地あるいは海外へ生産拠点が移るから、開発と生産との擦り合せは遠距離間のコミュニケーションにならざるをえなくなる。環境規制は厳しくなるばかり。調査義務や報告義務の負荷がかさむばかり。こうした制約強化の中で競争力を強化するためには、情報技術を活用して、フロントローディングによってリードタイムを短縮、生産を垂直に立上げ、素早く市場に投入しようというわけです。

  第二章、第三章では対象範囲を述べておられます。プロセスとしては、電気設計分野におけるセットメーカとサプライヤとの間のプロセスを対象とする(第二章)。モノとしては電子部品を対象とする(第三章)という設定です。セットメーカ側からの視点、電子部品メーカ側からの視点、両方の視点の説明があります。電子部品ならではの特性として「系列構造の無さ」「ディスコン情報の重要さ」などを挙げておられます。

  以上の背景、視野で、以降の本論で電子部品情報、部品表、デジタルモックアップ、デジタルショップフロアといった技術要素の活躍するシーンを描いてくれています。

  基本的にどういった業務シーンでどういう技術を使うと、どこに効くのかを、徹底的に具体的な裏づけをもとに説明してくれています。これほど具体的な説明を見たことは無いです。徹底的に具体的で事実、経験をベースに書かれています。感嘆申し上げます。


【4】趣向−図・写真がいい
   
  図解がふんだんに用いられております。まるでプレゼンを聞いているようにわかりやすいです。ありがたいのは製品開発のフロー図、セットメーカーと部品サプライヤとの間のフロー図、プリント基板設計の図解など。またカムコーダや携帯電話を分解した写真等も効果的に使われています。

【5】趣向−数字が良い

実務現場ではよく積み上げ数字ではないカンの数字というのがものを言う場合があります。本書にも、そのようなカンが活きた数字がよく出てきます。これが「実践」を冠したらしい趣向として効いています。例えば「製品総コストに占める電子部品の割合は60〜70%にも上る」(p.60)とか「新規部品の認定依頼を受けて審査を行い、必要な情報をデータベースに登録し、ディスコンになるまで情報を更新していくコストは、一部品あたり平均40万円程度かかるといわれている」(p.73)といった具合です。
 

【6】趣向−畳み掛けが良い
 
 随所に実践経験を彷彿とさせるようなディテールの断片を矢継ぎ早に、畳み掛けるように列挙されているところがあります。これがまた独特の魅力になっています。
 「DFMを検証するためには、部品の相対位置に起因する実装不良、レジストやシルク印刷不具合の発見、部品やパターン配置禁止領域の設定、実装機のアンビル形状と部品の干渉、テストポイントの確保など数百に及ぶ製造ルールに基づき、数千から数万点のチェックポイントに対する評価を行わなければならない」(p.134)といった具合です。
  

【7】趣向−事例が良い

 事例は説得力に欠かせない。例えば日本型EMSの事例としては長野沖電気を固有名詞として紹介されています。
 また固有名詞は無いですが、各章に事例ベースの説明が豊富にあります。これが説得力を補強しています。例えば「658128というジェネリック番号を持つメモリは、アクセスタイムなどの主要な特性の機能だけに着目して分類すれば7種類、パッケージのバリエーションは(中略)3種類で、製造メーカは(中略)日立、サムスン東芝日本電気の4社から77種類」(p.112)「あるキャリアでは携帯電話の6面を1.5メートルの高さからコンクリートの床に落下させても壊れないことを納入仕様としており」(p.147)などなど


【8】感謝

 今後のご活躍をお祈り申し上げます。

以上



石崎健史、香田克也、佐川暢俊『知的創造社会実現に向けたビジネスク

 石崎健史、香田克也、佐川暢俊『知的創造社会実現に向けたビジネスクラウドへの取り組みとHarmonious Computingの進化』(日立評論2009年7月号 Vol.91 No.7)を読みました。

【1】一言紹介

  クラウドであっても高信頼なサービスがここにあります、という紹介記事です。

【2】メッセージ

 世間では「クラウド」なり「SaaS」というのが流行語になっています。企業におけるIT計画の主題も、外部サービスの利用が大きな話題となってきています。社内業務で利用するITサービスのうち、どれに外部サービスを利用するのかということです。そうなると「従来『所有』していたITを見直し、コアビジネスに直結しないものは外部のサービスを『利用』するように変えていく」(p.15)という総論は合意可能そうに思います。

 では外部サービスをすぐに利用するのかと思えば、そうではないようです。 

 私の周囲などみていても、まだまだ利用するには逡巡があるようです。逡巡の理由は、(既存の社内サービス部署からみた場合の雇用保全もあるのですが)インターネットとかネットワークというと「なんとなく不安」というところが大きいのではないでしょうか。要するに何かあったときに「お前が意思決定したではないか」「どうしてくれる」と言われるのが厭だ、というところでしょう。「何か」は判然としませんが、漏洩なり、データ攻撃なり、サービス元の倒産なりなどが浮かびます。そこで、売る側としては、この不安払拭がキーなのでしょう。

 企業内の社内業務情報は自社内に置けば安全、外部にあると怪しい、ということは無いのでしょう。自社であっても怪しいこともあるし、外部の方が堅固な点もあるのでしょう。

 不安の第一は印象の問題でしょう。第二は、何かあったときの社内の「責任」が提案者に来るのが怖い、という問題でしょう。そういう問題に対して「老舗だから安心です」という解でサービスを展開しますというメッセージであります。
 
 これはこれで一理あるように思いました。
 
 
【3】組み立て
 
 著者たちは、クラウドで、これまでの老舗としての情報化の実績による信頼性を強みとしてビジネスを展開されるようです。
 
 「金融系のシステム」において綿々たる実績があることを主張されておられます。情報技術を進化させつつも、「その基本となる、信頼性、性能などをきちんと保証してきたことで顧客からの信頼性を得ることができた」(p.16)というわけです。
 
 だからクラウドにおいても、「高信頼なクラウドコンピューティングサービスを『ビジネスクラウド』として提供していく方針」(p.16)ということだそうです。「あらゆる面で既存の基幹系システムと同等レベルを保証することをめざしている」(p.16)「豊富なシステム構築実績の経験とノウハウ」(p.17)「メインフレーム時代から培ってきた製品開発の実績」(p.19)といった安心提供の論調を繰り返しにじませておられます。


 ビジネスクラウドのサービスがいくつか紹介されています。
 この中で読者私が所属するようなタイプの企業として利用ニーズがありそうなのは「プライベートクラウドソリューション」ではないかと拝察しました。
 「顧客が保有する自社データセンターの中でクラウド技術を活用した社内システムを構築し、顧客の社内部門やグループ子会社に対してサービスを提供するモデル」(p.17)とある。
 これなら既存の組織も短期的には保持できて、グループの親子関係を通じて共用を図れるということになります。
 ある程度のコストメリットも計算できそうです。自社内ということで建前的なセキュリティは説明可能です。
 いかにも大企業の風土に馴染みそうなサービスです。 

 外部利用することによるメリットとして出せそうなのは「ID管理や課金管理といった基本機能」の部分ではないかと拝察しました。こちらの方は、今度は社内に対して、外部サービスを利用して課金をするのだから、ログインユーザIDを統合するぞ、という説得ができそうです。


 企業内においては説明は「外部は不安そうだけど、老舗だから大丈夫でしょう」「外部を使うんだから、利用者IDを統合しましょう」といった感じになると想像します。このあたり、企業の中の社内意思決定プロセスのクセがよく反映されているように思いました。

湯浅英樹ほか『モノを作らないものづくり』日科技連出版社〔2007.1〕

湯浅英樹ほか富士通・日本発ものづくり研究会『モノを作らないものづくり』日科技連出版社〔2007.1〕を読みました。

【1】一言紹介

 一言で言えば、製造業の最も重要な業務プロセスへのIT活用の参考書です。最も重要なプロセスとは「ものづくり」のプロセス、言い換えればエンジニアリングチェーン、更に言い換えれば「設計情報の流れ」であります。実践から生まれた知見がふんだんに盛り込まれています。

 ITの本は言葉が粗雑なことが多いのですが、本書は言葉を大切にしています。定義がちゃんとしている。文体も、まず主張を延べ、論拠を箇条書きで書くというスタイルであり、すばらしいです。


【2】メッセージ

 私が受けとめた著者たちのメッセージは下記です。

 (1)わが国の製造業をリードするエレクトロニクス産業はオープン化、モジュール化という環境変化に見舞われている。
 (2)多かれ少なかれ製造業はこの時潮の中にある。
 (3)わが国の製造業の開発プロセスは「擦り合わせ型プロセス」に強みを発揮する。
 (4)この強みを活かし、プロセス改善としては、擦り合わせ部分を開発プロセスの早期に結着するといういう手を打とう。
 (5)それにはITをコミュニケーション活発化のために使おう。
 (6)で、具体的にこういうことだ、と。

【3】組み立て

 設計情報の流れの効率化、改革について富士通での実践事例が紹介されています。「実際にやってみると、こうだった」「だからここがポイントなんだ」という語り口です。メカ設計、電気設計、ソフト設計などで、どういう手を打ってきたかを順次紹介してくれます。

 それぞれ実践の迫力が盛り込まれています。「こんな失敗があった」ということも誠実に語られています。これもまた迫力となっています。

 私が重要だと受けとめたのは以下のような教訓であります。

 (1)設計情報はデジタルデータを正にしよう
 (2)「設計が『途中であること』を理解しあうことが重要」(p.80)で、(関連部署に)見せて
 (3)「早期情報共有や検証」(p.80)をしよう
 (4)下流部門で設計情報を活用しよう
 (5)とにかくトランザクションにしよう
     指摘コメントも課題管理もデータ化しよう、
 (6)改革にはとにかく数値目標を設定しよう
    「活動目標は(中略)活動終了後に測定可能な指標も定める必要がある」(p.169)
 (7)改革にはしかるべき推進チーム、支援活動が必要である
  

【4】注目すべき章

 擦り合わせ型アーキテクチャというのは、すっかり定着した言葉になりました。本書の著者は、それは何だ、と定義して、それはこういう要素だ、と解明してくれています。湯浅英樹さんが執筆されている第二章が該当します。
 
 「『擦り合わせ型のプロセス』は、製品特性や市場環境、技術環境、競合環境にかかわる13の要因が複合的に重なって発生する。また時間の変化とともにプロセスは動的に変化する」(p.26)という言い切り型のメッセージから始まる論考がすばらしいです。この宣言に続いて、13の要因を明解に説明してくれます。これが知見というものだ、と感銘致しました。この13個が要因だ、と括りだしてくれた点は大変勉強になりました。

 さらに本章では、そういう擦り合わせ型のプロセスに対しては、こういうツールが適しているという要件を提示されています。機械CADを例に説明してくれます。「要は『事前パラメトリック』のように『モジュラー型プロセスだけを前提としたツール』や『暗黙にモジュラー型プロセスだけを想定しているツール』では、真の競争力向上とはいえない」「こうしたことはツールの機能を表面的に見ただけではわからない」(p.51)と書かれています。

 「ものづくりにおいてはワークスタイルが必然的にITツールに影響を与える」「特に業務に入り込んで改革・改善を狙うツールは、ますますその度合いが高まっている」(p.35)とあります。この部分は広くIT活用を考える上での鉄則だと共感いたしました。



以上

シェイクスピア『ハムレット』〔1967.9〕新潮文庫 /福田恆存訳/(

シェイクスピア作 福田恆存訳 『ハムレット』〔1967.9〕新潮文庫(原著は1600年頃)を読みました。

【1】一言紹介

 一言で言えば仇討ちものです。
 仇討ちに至るプロセスで、人間ってこんなこと考えるよね、最後はこんな宿命だよね、ということがよくわかります。そうだなあ、と感心します。セリフもいいです。筋とは独立に名セリフという楽しみ方もあります。
 

【2】メッセージ

 悪いやつのせいで悲運に見舞われる。世の中ではよくあることです。こんなときどうすればいいのか?

 本書のメッセージは、そうなれば「『実』を捨てても、『名』を取るべし」、というふうに読めました。面目とか名分というやつですね。唯々諾々安全安穏というのはだめだと。ハムレットの場合は、復讐、仇討ちを果たせということになります。

 ただし、仇討ち・復讐はリスクが大きい。代償も労力もコスト?もばかにならない。周囲の人も巻き添えにしたりする。(オフィーリアなんてかわいそうに巻き添えですね)『名』を取ろうとすれば、『実』の部分ではマイナスも大きい。だから、悩みもする、つらいこともある。結局、ハムレットは死んでしまいます。

 死んでしまうんだけれども、『名』を取らざるを得ない。作者は、こうした葛藤、リスクの大きさ、こそが人間らしい、人生だ、と読めました。

 「悲運→『名』を取る→『実』は失う→骸骨になる、それが人生だ」という軸を感じます。このあたりがメッセージではないかと拝察します。

【3】筋の組立て

 主人公ハムレットデンマーク国の王子という設定。だが王様だった父親はその弟クローディアスに暗殺され、母親はその弟の妃になってしまった。ことの真相を知ったハムレットは、叔父への仇討ちを誓います。そのプロセスでは、悩み、逡巡します。そして、遂に仇討ちを果たすという筋であります。

 王室周辺は陰謀術策がはりめぐらされています。陰謀とセキュリティとインテリジェンスの世界です。スパイが渦巻いている、というところです。各種の工作が企画され、設計され、実施されてゆくというのが組立てになっています。

 宰相であるポローニアスはフランスに遣った息子レイアーティーズの身辺を探らせる。王様であるクローディスは甥のハムレットをローゼンクランツとギルデンスターンに探らせる。王子ハムレットは芝居を使って、叔父クローディアスの「本性を抉りだして見せるぞ」と画策する。ハムレットは腹心ホレイショーに「叔父の心のうごきを過たず見ぬいてもらいたい」(p.94)と依頼する。術策が氾濫しています。


【4-1】鑑賞−主人公

 主人公ハムレットは王子でありますから本来は地位・才能に恵まれていた人です。

 「やがてこのデンマークの王位を継ぐべきもの」(p.216)で「気高いご気性」(p.89)であり、「秀でた眉、学者もおよばぬ深い御教養、武人も恐れをなす鮮やかな剣のさばき、この国の運命をにない、一国の精華とあがめられ、流行の鑑、礼儀の手本、あらゆる人の讃美の的だった」(p.89)で、さらに「民衆に愛されている」(p.152)というわけです。人気者なんですね。

 こういう人が悪役のせいで悲運に見舞われます。フツーの人じゃ絵にならない。

【4-2】鑑賞−悩みのプロセス

 クローディアスの悪業、わが身の悲運に対して、どう対応するか。人間ですから悩むわけですね。俺って駄目だ、みたいに悩むんですよね。「大事を忘れて、言うべきことも言えず」「ええい、おれは卑怯者か」(p.80)「おお、誰が、好き好んで奴らの言いなりになっているものか」(p.85)と揺れ動きます。

 逡巡もします。芝居を見せて、クローディアスがちょっと反省したりすると、ヤル気は一瞬失せてしまいます。「雇われ仕事ではないか、復讐にはならぬ」(p.115)と止めてしまいます。このあたりに育ちの良い人間味が出ています。

 (※ハムレットは「雇われ仕事」というのを本作の中のセリフで数回悪い意味に使っています。読者私はサラリーマンですので、まさに「雇われ仕事」の身なので、ちょっと複雑な気持ちになります)

【4-3】鑑賞−最後は骸骨だ→『名』を取る、という決断
 
 死んでしまえば骸骨ですね。途中にハムレットが墓場で頭蓋骨を見たり、話しかけなりするシーンがあります。結局は空しい、というわけですね。「子供の根っ木あそびの道具になるために生きてきたわけでもなかろうに?」(p.164)「アレグザンダ大王も、地のなかでは、やはりこのような恰好をしていたのかな?」(p.170)などは身につまされているところでしょう。

 だからこそ、結論としては『名』を取る、ということになります。「一身の面目にかかわることとなれば、たとえ藁しべ一本のためにも、あえて武器をとって立ってこそ、真に立派」(p.137)と決意したとあります。
 
 最後は骸骨なんだ→『名』を取るんだ、というロジックは、よくわかります。 


【4-4】鑑賞−ホレイショー

 全体は悲しい劇ですが、朋友ホレイショーとの信頼関係は肯定的に描かれています。『名』というのは誰かが知ってこそ意味があるわけですから、ホレイショーのような語り部を用意しておく必要があります。重要な人物だと思います。映画「シンドラーのリスト」の経理屋スターン氏を思い出しました。ヒーローにはこういう信頼のおける着実なサポート役が必要です。

【5】セリフを味わう

 筋を離れて、セリフだけ読んでもいいセリフもあります。
 「ハムレットはこの笛よりも操りやすいとでも言うのか?その楽器にどういう名をつけようと勝手だが、そうかんたんに吹き鳴らされてたまるものか」(p.110)
 「たとえ胡桃の殻のなかに閉じ込められていようとも、無限の天地を領する王者のつもりになれる男だ。悪い夢さえ見なければな」(p.66)

 ハムレットの誇りが溢れてくるようなこういうセリフは楽しいです。

【6】余談

 仇討ちといえばわが国では「忠臣蔵」です。こちらの大石内蔵助の方も葛藤・逡巡があったのだろうか。

 仇討ちを目標に生きる悩みという点では、劇画「カムイ伝」(白土三平先生)の草加竜之進、「忍者武芸帳」(同)の結城重太郎などが、キャラクター的にハムレットに近いような気がしました。ただ、白土先生は仇討ちに賭けた人生というのには否定的であったように記憶します。


以上