シェイクスピア『ハムレット』〔1967.9〕新潮文庫 /福田恆存訳/(

シェイクスピア作 福田恆存訳 『ハムレット』〔1967.9〕新潮文庫(原著は1600年頃)を読みました。

【1】一言紹介

 一言で言えば仇討ちものです。
 仇討ちに至るプロセスで、人間ってこんなこと考えるよね、最後はこんな宿命だよね、ということがよくわかります。そうだなあ、と感心します。セリフもいいです。筋とは独立に名セリフという楽しみ方もあります。
 

【2】メッセージ

 悪いやつのせいで悲運に見舞われる。世の中ではよくあることです。こんなときどうすればいいのか?

 本書のメッセージは、そうなれば「『実』を捨てても、『名』を取るべし」、というふうに読めました。面目とか名分というやつですね。唯々諾々安全安穏というのはだめだと。ハムレットの場合は、復讐、仇討ちを果たせということになります。

 ただし、仇討ち・復讐はリスクが大きい。代償も労力もコスト?もばかにならない。周囲の人も巻き添えにしたりする。(オフィーリアなんてかわいそうに巻き添えですね)『名』を取ろうとすれば、『実』の部分ではマイナスも大きい。だから、悩みもする、つらいこともある。結局、ハムレットは死んでしまいます。

 死んでしまうんだけれども、『名』を取らざるを得ない。作者は、こうした葛藤、リスクの大きさ、こそが人間らしい、人生だ、と読めました。

 「悲運→『名』を取る→『実』は失う→骸骨になる、それが人生だ」という軸を感じます。このあたりがメッセージではないかと拝察します。

【3】筋の組立て

 主人公ハムレットデンマーク国の王子という設定。だが王様だった父親はその弟クローディアスに暗殺され、母親はその弟の妃になってしまった。ことの真相を知ったハムレットは、叔父への仇討ちを誓います。そのプロセスでは、悩み、逡巡します。そして、遂に仇討ちを果たすという筋であります。

 王室周辺は陰謀術策がはりめぐらされています。陰謀とセキュリティとインテリジェンスの世界です。スパイが渦巻いている、というところです。各種の工作が企画され、設計され、実施されてゆくというのが組立てになっています。

 宰相であるポローニアスはフランスに遣った息子レイアーティーズの身辺を探らせる。王様であるクローディスは甥のハムレットをローゼンクランツとギルデンスターンに探らせる。王子ハムレットは芝居を使って、叔父クローディアスの「本性を抉りだして見せるぞ」と画策する。ハムレットは腹心ホレイショーに「叔父の心のうごきを過たず見ぬいてもらいたい」(p.94)と依頼する。術策が氾濫しています。


【4-1】鑑賞−主人公

 主人公ハムレットは王子でありますから本来は地位・才能に恵まれていた人です。

 「やがてこのデンマークの王位を継ぐべきもの」(p.216)で「気高いご気性」(p.89)であり、「秀でた眉、学者もおよばぬ深い御教養、武人も恐れをなす鮮やかな剣のさばき、この国の運命をにない、一国の精華とあがめられ、流行の鑑、礼儀の手本、あらゆる人の讃美の的だった」(p.89)で、さらに「民衆に愛されている」(p.152)というわけです。人気者なんですね。

 こういう人が悪役のせいで悲運に見舞われます。フツーの人じゃ絵にならない。

【4-2】鑑賞−悩みのプロセス

 クローディアスの悪業、わが身の悲運に対して、どう対応するか。人間ですから悩むわけですね。俺って駄目だ、みたいに悩むんですよね。「大事を忘れて、言うべきことも言えず」「ええい、おれは卑怯者か」(p.80)「おお、誰が、好き好んで奴らの言いなりになっているものか」(p.85)と揺れ動きます。

 逡巡もします。芝居を見せて、クローディアスがちょっと反省したりすると、ヤル気は一瞬失せてしまいます。「雇われ仕事ではないか、復讐にはならぬ」(p.115)と止めてしまいます。このあたりに育ちの良い人間味が出ています。

 (※ハムレットは「雇われ仕事」というのを本作の中のセリフで数回悪い意味に使っています。読者私はサラリーマンですので、まさに「雇われ仕事」の身なので、ちょっと複雑な気持ちになります)

【4-3】鑑賞−最後は骸骨だ→『名』を取る、という決断
 
 死んでしまえば骸骨ですね。途中にハムレットが墓場で頭蓋骨を見たり、話しかけなりするシーンがあります。結局は空しい、というわけですね。「子供の根っ木あそびの道具になるために生きてきたわけでもなかろうに?」(p.164)「アレグザンダ大王も、地のなかでは、やはりこのような恰好をしていたのかな?」(p.170)などは身につまされているところでしょう。

 だからこそ、結論としては『名』を取る、ということになります。「一身の面目にかかわることとなれば、たとえ藁しべ一本のためにも、あえて武器をとって立ってこそ、真に立派」(p.137)と決意したとあります。
 
 最後は骸骨なんだ→『名』を取るんだ、というロジックは、よくわかります。 


【4-4】鑑賞−ホレイショー

 全体は悲しい劇ですが、朋友ホレイショーとの信頼関係は肯定的に描かれています。『名』というのは誰かが知ってこそ意味があるわけですから、ホレイショーのような語り部を用意しておく必要があります。重要な人物だと思います。映画「シンドラーのリスト」の経理屋スターン氏を思い出しました。ヒーローにはこういう信頼のおける着実なサポート役が必要です。

【5】セリフを味わう

 筋を離れて、セリフだけ読んでもいいセリフもあります。
 「ハムレットはこの笛よりも操りやすいとでも言うのか?その楽器にどういう名をつけようと勝手だが、そうかんたんに吹き鳴らされてたまるものか」(p.110)
 「たとえ胡桃の殻のなかに閉じ込められていようとも、無限の天地を領する王者のつもりになれる男だ。悪い夢さえ見なければな」(p.66)

 ハムレットの誇りが溢れてくるようなこういうセリフは楽しいです。

【6】余談

 仇討ちといえばわが国では「忠臣蔵」です。こちらの大石内蔵助の方も葛藤・逡巡があったのだろうか。

 仇討ちを目標に生きる悩みという点では、劇画「カムイ伝」(白土三平先生)の草加竜之進、「忍者武芸帳」(同)の結城重太郎などが、キャラクター的にハムレットに近いような気がしました。ただ、白土先生は仇討ちに賭けた人生というのには否定的であったように記憶します。


以上