山本七平『ある異常体験者の偏見』文春文庫[1988.8](単行本は1974.5)

  「アントニーの詐術」「悪魔の論理」「聖トマスの不信」の3つの章が凄い。この3つを読めば、とても恐ろしいことが理解できます。何が危険か、何か恐ろしいか明解にわかる。厄禍・災難をもたらす思考には一定の型というのがあるのですね。
 
  自分で信じてもいない嘘を他人に押し付ける人々ですね。まったく厄病神ですね。山本氏はこれを「悪魔の論理」と命名されておられます。
 
  山本さん自身の戦争体験からのご見解として「日本を破滅させた最大の原因の一つは、この「商業軍国主義」ではなかったか」(P.123)と総括されておられます。これはつまり、マスコミ(と山本氏は明言はされていないが)の扇動こそがあの破滅の原因だったという分析です。煽りたて、囃し立てているだけの存在ですね。ひどい話ですね。現在の新聞を読んで、よくわかります。毎日毎日ひどいものですからね。


  この3つの章は凄い。渾身の語りであります。納得します。「日本軍は去った。しかし商業軍国主義は残った。そして彼らは、その時その時に『時の勝者』を追い、自らを律する思想は常に皆無で、ただただ『時の勝者』を絶対化し、それによって自らをも絶対化し、その言葉の絶対視を強要することによって、自らの言葉を絶対化し、それで他を規制し、規制に応じない者には反省を強要し続けてきた」(P.126)

  虎の威を借りる狐。戦中戦後を通じて、この日本には、自分が信じてもいないくせに、『時の勝者』を絶対化して、強要するような輩が居座り続けている、という図が見えてきます。この『時の勝者』というところは『どこかか別の国の意図』でもあてはまるかもしれません。まったく誠実さのかけらもないです。どうして押し付けることばかりに熱心なのでしょうか。ただ事実の伝達をしてりゃあいいのですけれども。


  書かれたのは70年代ですから、だいぶ前の作品なのですが、少しも古くない。
  
アントニーの詐術」ではこの自分では信じていないことを他人に強要する技術、つまり煽動(本書では「扇動」)する側の論理というのが見事に解明されています。白眉だと思います。山本氏に拠れば、それは「編集の詐術」「問いかけの詐術」「一体感の詐術」の3つで形成されます。これは歴史的な名分析だと思います。現時点でも見事に通用する。今日の新聞にだって、容易にその要素をみつけることはできるほどです。

  事実の中から都合の良いところだけ拾ってきて、そこから判断を誘導して、そうだそうだ、みんなもそう思うよね、と煽り立てるわけですね。そして自分は消えてしまう。当事者責任能力はまるで無い。まったく変わっていないですね。現在でも。ホント今日だってそうです。そしてまたひどい事態を招かなければういいなあと祈るような気持ちになります。