藤本隆宏『日本のものつくり哲学』日本経済新聞社[2004.6]


【1】この方の凄いところ

 この方のアジェンダ設定のセンス、言葉作りのセンスが凄いです。とても勉強になりますし、私の仕事には直結する話題でありますので熱読した本であります。


【2】観点への感謝

  見晴らしの良い展望台に登れるような名著であります。感謝申し上げます。

  この方が設定してくれる観点は、私が仕事をするときの基本軸のひとつとして活用させてもらっております。藤本さんが考えられた製品のアーキテクチャという観点をプロセスのアークテクチャという観点へ展開できないものだろうか、と考えている今日この頃であります。そこから情報技術の使い方というものを考えてゆきたいです。

 そういう個人的な興味からみれば、最終章に書かれているCADソフトと業務分掌の違いのくだりは名場面です。文明論にまで深められそうな視点だなあと感服しております。


【3】本書の背骨

  製品とは何か、そして生産とは何か。そして製品にはアーキテクチャ、すなわち設計思想というものがあるのだということが書いてあります。そしてこのアーキテクチャの類別の観点が提示されており、それにもとづいてトヨタ式が語られており、日本の競争力が論じられているという文脈であります。

なんといっても基本となるのは、「あらゆる製品は、何らかの設計情報が何らかの媒体の上にのったものである」(p.121)、「生産とは工程から製品への設計情報の転写する作業である」、という観点です。立川談志師匠の「落語とは人間の業の肯定である」並みのインパクトがあります。この定義でもって、有形物か無形物かなんていう観点は奥へひっこんじゃうんですよね。そんな野暮なことじゃねえんだよ、とばかりに。で、たたみかけてくれるのです。「販売は、媒体に乗せた形で設計情報を顧客に発信することだ」(p.122)このくだりだけでも豪華であります。

  こういう観点を提供してくれると話が早い。飲み込み易い。開発は設計情報を作る、それが工場で金型とか設備とか冶具に配備されて、そこから原材料に転写される、という説明をしてくれます。それでだんだんに製品になってゆく、という語りは本当に判り易いです。

  この転写をしている時間が正味であって、転写をしていない時間がムダなんですよ、と整頓してくれます。この後者を減らすのがトヨタ式なのだと語り起こしてくれます。こういうアジェンダ設定の技が好きです。スリルがあります。断定して、仮説を敷衍してくれるとすっきりします。

 この本では製品のアーキテクチャというものが擦り合わせ型とモジュラー型があるという有名なる類別がされています。オープンとクローズという軸も提示してくれて、これを4象限で区切った図で物を見てゆく観点を提供してくれます。 業種とかではなくて、この軸で見よ、と、これまた軸を出してくれるわけです。ここも爽快です。


【4】この観点からの見晴らし

  最後にディテールも好きです。企業現場で「その通り」と膝を打ちたくなるようなシーンがたくさんでてきます。「企画部で作っていた中長期計画も、あれは経理の延長だったんですよ」(p.67)セルもトヨタ式も「一見、ずいぶん違う方式に見えますが、正味作業時間比率を最大化し、流れを作るという点では同じ」(p.77)

 本書の中にはたくさんの名場面がありますが、この2つのところは大好きであります。


【5】スペックの流れで捉える

  トヨタ式を藤本さんが解釈してくれたわけです。これを読者がまた自分なりに受け取るのが読書の快楽です。この藤本流の語りは、キャッシュの流れとかオーダの流れとか物の流れ、とはまた様相の異なるスペックの流れというものですね。

  製造業とか企業ってのは何の流れで描けるか、という命題からみますと、キャッシュとかオーダとか物とか証憑とか権利とかいろいろとありましたが、ここでスペックの流れとして描きうるのだ、ということを学びました。対して、逆の流れがニーズ、というやつなのでしょうね。



【6】私の活用法

  藤本さんは最後に商社への期待を述べられております。しかし、現在の私個人としては製造業の中でこの視点を活用してゆかねばなりません。そして最後に示唆されているような「先行開発」が「窓口になれ」「地味なまとめ役になれ」「糊になれ」というあたりは業務プロセスという面からこれを応用しますと、業務トライアルということであり、そこからの学習が重要ということになります。その仕切り役が必要になるのではないか。企業内の各種の機能を横に横断するような水すまし的な存在が必要なのだ、と主張したくなります。このような職種というものを考えてみたくなったところです。