手島歩三「『気配り生産』システム」 日刊工業新聞社〔1994.6〕


 製造業のモノ作りの現場で、生産の仕組み、業務プロセスをどう設計するのがよいかという本です。生産システムの改革に携わる方々には必読の本であります。この本は技術の本であるようにみえますが、技術論ではありません。現場現実を踏まえた考え方の本、思想の本です。従って広く応用が効くものです。その考え方は現場、現実での著者の御経験が実によく盛り込まれております。現場をとても理解されていることが窺えます。

 驚くべき事に、この本が書かれたのは、まだVMIだとかSOAだとかSCMというような言葉も周知では無かった頃です。後世に、そういう輸入三文字言葉で主張されたことというのは、要するに、本書の著者が主張された「気配り生産」のことではないのかという気持ちになってきます。後世の人は著者が描いた「気配り生産」のある一部分を中途半端に描いているだけなのではと思えてきます。製造業において、業務分析、業務設計、業務導入の実務に携わる者にとっては、本書のほうが、より本質的で、より洗練された内容でわかりやすいです。歴史的な名著であります。著者の方に感謝申し上げます。

  
 本書の組み立ては3本立てです。まずは「気配り生産」という考え方の由来と解説があり、次に実際現場での導入の仕方があり、三つ目にこの考えにもとづいた情報技術の使い方が述べられている、という構成です。
 

【1】「気配り生産」という考え方

  「気配り生産システム」と名前がつけられた考え方が説明されています。実に明快に説明されています。わかりやすいです。要するに、「前工程、供給側が後工程、需要側の計画をのぞきにゆけ」、ということです。「情報は自分でとりに行くものだ」という原則が背景にあります。そして、計画をのぞいて、「自分の工程(後工程)が何をする必要があるのか」、を推測し、自分で考えるのがよい、という考え方であります。

  考えの前提として、前工程と後工程とが信頼しあっていることが重要です。後工程は前工程に自分の計画・進度を見せてあげます。そして、前工程の順序が宜しいかを見にいきます。一方で前工程は、その計画に合せられるように自分で考えて、間に合うように、物を供給してくるというわけです。

  このロジックで行けば、「発注」などという行為は要らないとされています。「発注」を不要、といった生産管理の本は珍しい。なんと先入観から自由であることかと感嘆致しました。更に、MRPも発注側の仕事ではなく、受注側がやるべき仕事だ、と主張されておられます。これも画期的です。そう言われてみると、明快なことです。しかし、なかなか気づかない点です。
   
  とてもシンプルで本質的な考えなので、応用が効きます。命令を待つのではなく、よく後工程をみて、自分で考えろというわけです。後工程の方では、準備ができているかな、と気にするわけです。分散で協調です。お互いにお互いのことを気にしているので「気配り生産システム」と命名されておられます。後世に出てきた「win-win」などというドライな言葉よりもずっとしっくりきますね。 
 
  二者間の関係を考えるときに「前工程と後工程」という問題の設定の仕方は応用が広いです。例えば
(1)「生産と販売」、
(2)「企業と顧客」、
(3)「開発者と市場」、
(4)「営業と顧客」
というように、豊富な事例がでてきます。この位置関係で語ると実にわかりやすい。本書では随所で、「前工程と後工程」という二者関係で、いかに「気配り生産」が有効であるか、傍証・事例・エピソードとともに紹介されています。これが実に明るいのですね。読んでいて楽しくなります。

  なぜ楽しくなるのか?著者の現場に対する肯定の精神が満ち溢れているからだと思います。肯定してくれることが重要です。人を勇気づけます。活力を生みます。営業職の人がよく言う言い方のひそみにならうと「元気が出る」というやつですね。

  製造業の業務を改革するにあたっては、実に様々な改革の方法論があります。しかし、これらはみな暗いです。「現状のここが悪い、だからここを悔い改めよ」、という懺悔のようなのばかりです。やれ「F付けをして悪いところを特定せよ」、とか、「問題点を列挙してその対立する様を図を描こう」とか、そういうのばかりです。これらはみな否定が根っこにあります。一方で本書の著者のスタンスは肯定です。人々の努力と合意が貴重であるとされます(p.55)古いものはそのまま使えとされます。

  「気配り生産」システム理論は肯定の理論であります。
 
 
【2】導入

  「気配り生産」システムは、前工程と後工程とが信頼で結ばれていないとできません。導入の順番としては、日ごろから人間関係の宜しいところから始めるとよい、と教えてくれています。仲良しのところから対策を打てばよいというわけです。これまた明快であります。

 ネック工程がどうした、在庫ポイントがどうだ、といった分析ではないのですね。まずは「仲がよい」ところから、というのが実に本質的な提起です。

 さらに完成像などは不要であると説かれています。いわゆる「あるべき姿」なんてのは駄目だというわけです。 
 
 すこしづつやれ、というわけですね。

 仲の良い現場間で成功したのを、周りの人が納得して、だんだんに広めてゆけばよい、とされておられます。

 このように作られた強みというのは、外から観察するのが難しいですね。見えない競争力です。見えないからこそ追いつけないというわけです。わが国はおおいにこの強みを活用すべきであることがよくわかります。
 
 わが国の強みと言える部分であります。人間関係が良い、ということなのでしょうね。お互いに忖度しあうことに関しては屈指の風土があるように思います。
 
 
【3】ITとの関係

 「気配り」生産システムの基本は、情報はとりに行くことだ、というわけです。だから、情報はとりに行けるところにあればよいわけです。意思決定な当事者同士、人間が考えるというわけです。情報システムがやることはただ一つ、人の協調を助けることであると看破されておられます。見事です。
 
 そして情報システムはただ事実関係を現実に沿って記録してあればよいというわけです。そこにあれば、必要な人が身に行くだろう。「そこにある」ようにしておくのが情報システムであり、それを実現させるのがITであるというわけです。

 明快です。感謝申し上げます。雲が晴れるようなくだりです。放っておけば間接的な人がどんどん増えてゆくことに対して、ITを使って当事者どうしがコミュニケーションしよう、というわけですね。今風に言えば「ピアトゥーピア」というわけです。エンドトゥーエンドの会話を助けるのがITであるというわけです。



【4】読後的応用篇

  あまりにすばらしい考え方なので自分なりに活用したくなります。「気配り生産」システム理論を問題解決のプロセスにあてはめてみたくなりました。問題解決をする人は、現場に滞在して、現場の問題を推測して、理解して、ことにあたるのが良いのではないでしょうか。解決者にとって解決されるべき問題は後工程と考えられると思います。


【5】感謝
 
  くりかえし、著者の方に感謝申し上げます。名著であります。