木村剛『「会計戦略」の発想法』日本実業出版社〔2003.7〕


  いま、上場企業ではかなり多くの方々がJ-SOX法対応ということで業務のフローを書いたり、決め事を作成されたりしておられることと存じます。そうした現今の動きの源になったのは、おそらく、この著書が語られているような内部統制の必要性の提起であったのではないかと拝察申し上げます。

  著者の方は、本書では1990年代の終わりから2000年代のはじめにかけてのわが国の銀行や商社の巨額の不祥事を背景に歴史的な背景に踏まえながら、内部統制の本来の趣旨を力を込めて書かれておられます。株式会社とは何か、その歴史を遡っての叙述は迫力があります。

  何よりも元気づけられたのは第六章です。内部統制というよう役割をどのように企業の中で実際に位置付けて行くかというあたりの課題の大きさを描かれておられる章であります。「ただし、組織を作ればそれでいいということにはならない」(p.257)というわけですね。どんな問題であっても、実際に誰が、あるいはどんな人が、どうやるのか、という実務的な処方は苦しいものです。でも著者の方はいろいろと取材され、道をつけようと力を込めておられます。

  ここでは著者の方は会計の観点からの内部統制にふれておられますが、私の方は経営陣のそばにいるスタッフ一般というポジションの難しさと読ませていただきました。そのように拡大解釈しても十分堪能できます。第六章ではその要件やその要件の獲得方法を力説されています。

  なによりも大変なのはそれぞれの各社の中の業務プロセスに対して、「検証できるだけの専門性」(p.358)が重要と看破されおられます。そうなのですよね。牽制をしなければらない相手というは会社の内部の、ラインの、しかもプロたちであります。そこに対して着任したというだけで「スタッフでございます」などと、いきなり赴いたとしてたとて、何ができましょうぞ。「それなりの権威と権限」(p.352)が必要なのでありますが、いったい、どのようにして、この「権威と権限」は獲得できるのだろうか?ここが肝要であります。このあたり、わずかながら身につまされる点もございます。

  著者の方が要件をいくつか挙げてくださっています。ひとつは「『独立性』の維持」(p.352)。これは、まあなんとかできそうですね。ある意味で実務をしなければいい。

  ただ、何よりもまずは「この人は経営陣直轄のスタップなんですよ」と社内で明らかにしてもらわなければならないわけですね。紹介してもらわなければならない。「ええ、お忙しいところ恐縮です、実は私、こんど内部統制のスタッフで」などと営業して歩くのでは、これは駄目ですね。「それなんだよ、今忙しいんだから」などとあしらわれてしまいます。著者の方も「経営陣は、内部監査部門の業務、権限及び責任の範囲等をすべての役職員に対して周知徹底しなければならない」(p.353)と書かれておられます。まことにその通りであります。そして、「組織内のあらゆる情報にアクセスする権利」(p.355)「情報が自然に流れてくる態勢」(p.357)も確かにほしいですね。そして、「重要会議への出席」(p.356)も必要だと思います。

  しかし、それらのお膳立てがあったとして、なお、実に難しいですね。結局は、やはり、その人がどういう人かということに帰着してしまいます。

  まあそこがやりがいですかね。このへん、仮にトップダウンで位置づけられなくても、なんとか「気配り」で補ってゆくのが、わが国らしいやり方なのかもしれません。「ボトムアップを一生懸命やっているようでは全然駄目」(p.257)と看破されおられます。その通りでありますが。トップでない我が身となれば、それしかないとも思います。

  いずれにせよ本書は堪能致しました。経営スタッフにどのように権限、責任を付与してゆくのかという実務的な課題を描き出して下さった著者の方に感謝申し上げます。たいへん力強い本であります。