ヒュー・ロフティング『ドリトル先生航海記』岩波書店〔1960.9〕原著

ヒュー・ロフティング『ドリトル先生航海記』岩波書店〔1960.9〕原著は『THE VOYAGES OF DOCTOR DOLITTLE』〔1922〕を読みました。

【1】一言紹介

 ドリトル先生はお医者さんで博物学者。動物と会話ができるというスキルを持っています。この先生の助手が少年であるトム・スタビンス。さらに同乗者であるバンポ氏や猿、犬、オウムと航海するという冒険譚です。めざすは「クモサル島」という動く島。とても偉い人なのに、やさしくて、鷹揚で、威張らない。けれども、イザというときは強くて、人望がある。道中でいろいろな問題を解決します。そして、動く島「クモサル島」ではなんと投票で王様にさせられてしまうというお話です。


【2】メッセージ

 このお話を書くとき、著者ヒュー・ロフティング氏には子どもに伝えたかった美徳が念頭にあったのだと思います。読者私は下記のような美徳ではないかと推測します。

 (1)威張らないということ
 (2)自由を愛するということ
 (3)やるときはやる、つまり戦うということ
 (4)困難があったときも超然悠然としていること。動じないこと。
 (5)問題を解決するにはコミュニケーションが必要であること 
 (6)美徳を持って生きれば運もついてくるということ

ドリトル先生はこういう人でありますから、人望があります。オウムのポリネシアがトムに語ってくれています。「先生といっしょなら、いつだって安全です」「ぶじに目的地に着くことだけはまちがいありません」「たいていは、終わりにつごうよくゆくようになるのです」(p.187)


【3】組み立て

 お話の流れは、出発前→航海の様子→島に流れ着く→島での戦争にまきこまれる→王様になる→脱出という流れです。
 
【3-1】自由

 その節々で「自由」ということの価値を語ってくれます。

 ドリトル先生はいろんな動物と一緒に住んでいるのですが、ライオンやトラはいません。それはなぜかと訊いたトム少年に答えます。「おりにとじこめられたライオンやトラは一頭もいてはならんのだ」(p.74)と。

航海中の挿話には銀色フィジットという魚のお話があります。航海中に海からすくいあげて桶の中に入れた魚です。この魚が先生と会話、身の上話をするのです。兄妹でとらえられて水族館に入れられて退屈な日々を余儀なくされます。しかし、死んだフリをして、命がけで海に脱出するのです。この挿話は自由への脱出の物語であります。

 そして、後に先生が動く島から脱出するときに世話になる「大海カタツムリ」( the Great Glass Sea Snail)はこのフィジットが紹介してくれるという流れになっています。

【3-2】問題解決

 全編を通じて問題解決には動物とのコミュニケーションが効いて来ます。裁判の証人に犬を起用して、ルカを無罪にする話。航海の途中で立ち寄ったカパ・ブランカ島で牛と打合せをして闘牛に勝つ話。動く島が南極に流れているのをクジラが止めてくれる話。すべて動物とのコミュニケーションが決め手です。

【3-3】やるときはやる

 先生はやさしい人ですが、やるときはやります。「村が攻撃されるとあらば、防ぐお手伝いをいたさねばならん」(p.300)といって「こん棒をひろい」(p.300)戦います。このときもオウムのポリネシアの口利きで黒オウムの大群が助けてくれます。そして敵であったバグ・ジャグデラグ族と交渉して講和を結んでしまいます。

 このやるときはやる、というのが重要な教訓になっているように思います。
 
【3-4】そして本業に戻る
 
 最終的には王様の立場から逃れて、島から脱出することになります。先生はコンサルテーションをしたんですね。初期の運用のお手伝いをしたんですね。運用になったら当事者の責任だというわけです。これがドクターとしての責任範囲であったというわけなんっですね。

 こんなことは現代日本の製造業の現場にもよくあることだなあ、と、ふと、読者私も我が職業を振り返ったりもしました。

【4】名場面

 トムが先生の弟子、助手になりたいとオウムのポリネシアに相談するシーンがいいです。先生には病気の動物の面会が押し寄せてきています。なぜ動物は他の医者に行かないのかと問うトムにポリネシアが答えるセリフがあります。

 どういうわけなのか、読者私の心に沁みるセリフです。

 「動物のことばを知らない動物の医者が、なんの役に立つのか、ちょっと考えれば、すぐわかることです」「あなたや、あなたのおとうさんは病気のとき、人間のことばのわからない、そして、どうしたらよくなるかということも話せないお医者さんに、診察してもらいにゆきますか?」(p.63)

 トムはどうすれは動物のことばがわかるのかを訊きます。この問いへのポリネシアの答がとても美しいです。

以上