外山滋比古『思考の整理学』ちくま文庫〔1986.4〕原著は筑摩書房〔19

外山滋比古『思考の整理学』ちくま文庫〔1986.4〕原著は筑摩書房〔1983〕を読みました

【1】一言紹介

考えをまとめるにはどうしたらよいのか、という本です。

【2】メッセージ
 
 冒頭に「人間にはグライダー能力と飛行機能力とがある」(p.13)とあります。著者によれば、グライダー能力というのは「受動的に知識を得る」(p.13)能力のこと。これは「目標がはっきりしているところでは」「高く評価 される能力」(p.15)とのこと。一方で飛行機能力というのは「創造能力」「問題作成の力」(p.21)であり、「自分で物事を発明、発見する」(p.13)「新しい文化の創造」(p.15)の能力のことです。

 本書はこの飛行機能力をつけるにはどうすりゃいいんだというのがテーマとなっています。
 
 読者私はこの「飛行機能力」は、新しい考えをまとめる能力、といった意味と捉えました。あとがきには、「めいめいが」「エッセイストのようになることだ」(p.223)という著者のメッセージがあります。後述しますが、これは、とにかく書いてみることが重要ということらしい。 


【3】 組立

  随筆風の文章が自由に並んでいるようで、実は「思考整理」の工程に沿ったアドバイスとなっています。

  段階としては、考えというのは

  (1)ぼんやり、断片的
     ↓
  (2)くらげなす、ただよえる状態
     ↓
  (3)さだかな形
    
  という段階をたどるそうです。もちろん(1)や(2)で次工程に至らず消滅してしまうものもあります。


  本書の章立ては大きく6つに分かれていて、この(1)→(2)→(3)をたどる工程でのアドバイスをしてくれています。工程全体は化学反応式風に書くと下記のような感じと捉えました。

        (1)ぼんやり段階   (2)くらげ状態 (3)さだかな形
       
        素材+酵素→(醗酵期間)→よい考え→(書いてみる)→推敲→題名決まり
            ↑               
           触媒              =「考えること」
            おしゃべり          =整理・統合・抽象化
            拡散的読書     
           無意識の作用          
                           

    
        

  第一章目は「飛行機能力」と「グライダー能力」の説明をしてくれています。定義の章というところ。ただし、この中でも、考えるのは朝がいい、それも朝飯の前がいい、といった実践的?なアドバイスもあります。

  第二章目は上の工程図の中の酵素と醗酵期間を説明してくれます。「麦がいくらたくさんあっても、それだけではビールはできない」(p.31)というわけで素材だけ集めても駄目だというわけですね。 ヒントが無ければ駄目だと。さらに醗酵期間が大事だとあります。「寝させる」(p.36)というわけです。なにしろ「寝させるほど大切なことはない」(p.40)とあります。まるで育児のようです。
    
  この醗酵期間に作用するものとして、「触媒」があるそうです。それが「個性」であり「精神」なんだとあります。ここは難しいところです。「触媒」というと ころがミソで、主観が強くてはだめだとあります。それじゃあ「触媒」じゃない、「素材」になっちゃうというわけです。勉強になるところです。「寝させる」といっても忘れているだけではなく、「主観や個性を抑えて、頭の中で自由な化合がおこる状態を準備することにほかならない」(p.59)とのこと。「無意識の時間を使って」「考えを生み出す」(p.41)ということだそうです。

  第三章目は考えを「整理・統合・抽象化」(p.78)するプロセスを説明してくれています。著者によれば「メタ化」です。カードやノートといった手段についてもふれらています。

  第四章目は「とにかく書いてみる」ことを奨めておられます。書けば推敲もできるし、ほめてもらうこともできると。そして思考整理の完成の究極は「表題」「題名」だとあります。
 
  第五章目は「触媒」についてです。垣根を越えたおしゃべりが大切だとあります。この垣根を越えた、というところが重要で、本題をしゃべってしまっては駄目だそうです。暖めているネタはしゃべらない。しゃべるとそれで終わってしまうというわけです。

  垣根を越えたおしゃべりというのは、最近の流行であるイノベーション論議の先駆けのような印象を持ちました。「気心が知れていて、しかも、なるべく縁のうすいことをしている人が集まって、現実離れした話 をする」(p.158)というわけです。なかなかこの条件を満たす関係というのは難しいですが、確かに楽しいものです。談論風発竹林の七賢人みたいなやつですね。著者は「物理の散歩道」で有名なロゲルギストの例を挙げておられます。
 
  読者私はサラリーマンですから、このあたりは難しい。組織の常として、本書にある大学と似て、企業内も「同一分野の専門家をまとめて単位」(p.167)とすることが多いです。このことによって「創造力はおとろえてくる」(p.170)のも体感しています。

  第六章目は知的活動をナマの生活と断絶させてはいけない、とあります。「仕事をしながら、普通の行動をしながら考えたことを、整理して、新しい世界を」(p.196)とあります。こうした思考の結晶として「ことわざ」を高く評価されています。

  また、拡散的思考が大切として、読書においての「読み」も筆者の意図を理解するだけではなく「自分の新しい解釈を創り出して行く」「拡散的読書」(p.208)の効用を述べられています。
    

【4】収穫

  読者私は、特に「寝させる」ところは参考になりました。このあたり、私は敗因分析として読みました。サラリーマン仕事の中で「考えをまとめられなかったケース」を思い出してみると、思い当たるフシがあります。
 
 コンサートに出かけても、曲が頭に入ってこないほど、考え詰めてしまったことがありました。こういうときは結局うまくまとめられなかった。著者がいうところの「見つめるナベは煮えない」(p.38)というやつだったんですね。ナベを見つめすぎでした。

 それと我田引水だったのかもしれません。カクテルが上手にできなかった。「AからDまでとXをすべて認めて、これを調和折衷させる。こうしてできるのがカクテルもどきではない、本当のカクテル論文である 。すぐれた学術論の多くは、これである。人を酔わせながら、独断におちいらない手堅さ」(p.47)というくだりは耳が痛いです。

 ではどうすれば忘れられるのか?テーマを他に持っていなければなりませんね。一つのテーマだけ扱っていてはナベを見つめることになってしまいます。





以上