内田麻理香『恋する天才科学者』講談社〔2007.12〕を読みました

  内田麻理香恋する天才科学者講談社〔2007.12〕を読みました

【1】一言紹介

  アインシュタインなど著名な科学者16人の評伝です。評伝なのですが、視点が面白く、著者内田氏は「各々の人間の側面に焦点を当てて」(p.2)います。そして、その人間の側面を肯定されています。あの立川談志師匠の名言「落語とは人間の業の肯定である」で言われているような「業の肯定」とでもいうべき視点で描かれています。著者曰く「『人間賛歌』の本」(p.2)とのことです。

  著者内田氏は科学者たちの業績や人生についての資料をとても読み込まれています。とても博覧強記なのですが、軽快な文体で、一話一話が落語のような作品となっています。

【2】メッセージ

  天才科学者たちも人間であって、弱みもあった。ヘンなところもあった。で、だからこそ魅力的ではないか、というメッセージを拝受致しました。

【3】組み立て
 
  著者内田氏は科学者たちの人生を丹念に追いながら、愛すべき側面を括りだしてくれます。

  拝読致しますと、科学者たちの人生は下記の5つの要素で捉えられ、整頓されているように思います。

  (A)両親から引き継いだもの、幼少の頃の経験
  (B)本人の人柄、ルックス、スキル、芸風、得手不得手、嫉妬心
  (C)運、縁、出会い、鍵となった支援者
  (D)本業である科学的業績
  (E)副産物たるエピソード、主に浮いた話
 
  通常の伝記であればA→Dという流れがメインになると思います。しかし、本書は人間の側面の「業」の肯定というわけですから、人徳人柄の形成に着目され、それが顕れるようなエピソードに注目しておられます。すなわちB→Eがメインの流れになっております。

  そして、そのBの背景事情がきっちりと物語となっています。AがBを形成していること、BがCを呼びよせること、また、CがあってこそのDということを解明されておられます。そして、Bをよく顕わすエピソードEという取り上げ方をされています。

  著者内田氏は、こうした連関をとてもシステマティックに理解されているのだろうと拝察します。そして、その理解をとても面白い物語にして解明してくれています。ありがたい組み立てであります。
  


【4】趣向

  先にも申しましたが、著者内田氏の語り口はとても軽快で洒脱です。分析臭はまったく感じさせません。講談、落語のような名調子です。比喩も見事です。ガロア源氏物語の柏木、ハンフリー・デイビーは『アマデウス』のサリエリダーウィンは家康,オッペンハイマー漱石の『門』の宗助、ノーベルとゾフィー交際は『マイフェアレディー』等々…才気煥発な比喩の語り口であります。

  要約も鮮やかです。アインシュタインのE=M×(Cの二乗)という式は「簡単に言ってしまえば」(p.147)という枕詞の後にわずか31文字で要約されています。さらにユング心理学におけるシンクロニシティという概念も「乱暴な説明になってしまいますが」(p.195)の後にわずか19文字で要約されています。シュレーディンガー不確定性原理もまた29文字で要約されています。この要約の腕がまた独特のテンポを作っています。

  オチのつけ方も職人技でありまして、一つの話の中で途中に出てくるキーワード(「パウリ効果」など)については、オチで呼応させておられます。一種の係り結びのようなものです。一つ一つの評伝を読み物・作品として完成させておられるところも堪能させられました。

  お話の最後に必ず、ダメ押しのように一人一人に対してチャートで位置づけをされています。SWOT分析のような軸の設定がまた凝っています。

  比喩、要約、係り結び、図示といった技が効いていて、とても触発されました。


【5】感謝

  コメディアンの評伝には小林信彦氏の名著「日本の喜劇人」があります。読者私としては、その本の隣に科学者の評伝として本書があります。本書のように闊達に科学者を語る人がおられるのですね。そのこと自体に感謝いたします。

  読者私には、よく分析されている得手不得手のところが特に勉強になりました。彼らの弱み、強みの分析はまるで、コメディアンの芸風の分析のようであります。

  プレゼン下手もいれば講演の名手もいる。 
  手先が不器用で実験が苦手の人もいれば実証派もいる 
  書くのが苦手な人もいれば入門書の名ライターもいる
  直感派もいれば根気よくまとめるタイプもいる
  数学が苦手の人もいれば、数学の名手もいる、という具合。

  天才科学者たちにも、それなりの芸風があるのですね。こういう観点、切り口をつくり出して面白い書き物にして下さった著者の腕に感謝申し上げます。

  
以上

出井伸之『日本進化論−二〇二〇年に向けて』幻冬社新書〔2007.7〕

出井伸之『日本進化論−二〇二〇年に向けて』幻冬社新書〔2007.7〕を読みました。


【1】一言紹介

 かつてソニーの社長をされていた出井伸之氏が、「日本という国とその国民に向けたエール」(p.138)を送るために、「これから再び栄えるための道筋」(p.5)を書かれた書です。
  
 著者出井氏は90年代中盤以降「世の中すべてがネットワークにつながる」(p.65)と言いつづけられてきたそうです。90年代中盤にソニー社内で将来戦略のレポートを書かれており、そこでITを取り入れることを提起して、ソニーの成長路線を敷かれたとのことです。

 今度は2008年初頭時点で、これからの10数年後となる2020年頃を想定して本書を著されたというわけです。そんな経緯を考えると、出井氏は現時点を真ん中において過去と未来の10数年を見ているわけです。本書の視点は、過去未来両方の10数年を見るような見晴らしのよいものであります。


【2】メッセージ 

 本書のメッセージは下記のように拝受しました。
 (1)2020年になると「人の生活すべてが変わる」(p.98)ほどのダイナミックな変化が訪れる。
 (2)その変化をもたらすのはインターネットと半導体の進化によるネットワークである。
 (3)その変化を担う次世代の産業は「日本が強い産業ばかり」(p.98)である。
 (4)だからこれは日本にとって大きな機会である。
 (5)この機会を生かして国家も官民も教育も経済も「モノづくり」も変革をして
    国家として自立・自律して、各国と協調する「共創」資本主義へシフトすべきである。
 (6)わが国はそのシフトができるはずであり、めざすべきである
  

【3】組み立て−視点、想定、提言
 
著者出井氏は経済を見る独特の視点をお持ちです。その視点を説明され、そこから「こうなるだろう」と変化を想定され、そうなるなら「こうすべきだ」と提言されるという組み立てになっています。視点→想定→提言 というわけです。
 
 未来に対して、「こう変わるだろう」想定をしておいて、さらにその上に「こうすべき」と仮説を積上げるところに著者の真骨頂があるように思います。


【4】視点 

 本書ではRとVという概念を用いて説明をされています。Rとは「リアル」つまり「産業資本主義に基づくリアルな経済」(p.34)のこと。Vとは「バーチャル」つまり「ITや金融といったバーチャルな価値に基づく経済」(p.34)のことと定義されています。

 21世紀というのは、これまでのR、つまり「モノづくり」が重要であった秩序型社会から、ネットワークの作る複雑系社会へ変わるのだ、そこではVが重要にあるということです。複雑系社会とは「価値のありかがモノ(R)から情報やネットワーク(V)のなかへ移っていく社会です」(p.70)「ハード(物)の価値は、半導体のような電子部品とネットワークのなかに吸収されて」(p.88)しまうだろうと語られています。また「『大量生産』から『個』へという」(p.76)流れでもあると書かれています。

【5】素材の贅沢

 論旨を運ぶための素材として使われている挿話がとても広い見聞をもとにされています。さらにそれがフレッシュなことが魅力的です。カタールの都市の風景、カリフォルニアワインのワイナリー、超流通の話題など、豪華で新鮮であります。

 駆動系が不要になるというお話で引用されるのは、ウォークマンがi-Podに負けたストーリーでありまして、このあたりは見聞というよりも体感なのかもしれないと想像しました。

【6】もっと聞きたい

 なんせ142ページの新書版という薄い本ですから、もっとお話の続きが聞きたくなります。
 
 RからVへという流れのなかで、「従来のコーポレイトガバナンスや監査のやり方とは会わなくなってくる」(p.57)と述べられています。日本がアメリカのSECのような機関も無いのに、SOX法を取り入れたのは手順前後で「ナンセンス」(p.57)であると指摘されているくだりは当方にはよく理解ができませんでした。大変興味深い内容ですので、いつの日にか別の著書にて敷衍してくださるとありがたいです。

高沖創一他 『プロジェクトを成功させる協調仕事術 なぜすれ違う?SE

 高沖創一, 桑原慎, 佐藤雄祐, 渡邉祐一 『プロジェクトを成功させる協調仕事術 なぜすれ違う?SEとコンサルタント日経BP出版センター 〔2005.7〕を読みました。

【1】一言紹介

  昨今の企業の社内情報システム開発プロジェクトでは、まず、外部のコンサルタントを雇って構想を描いてもらうことがよくあります。その構想のもとで、情報化施策部分を展開する局面で、外部ベンダーのSEが情報システム構築のために参加してくるというかたちが多いです。
 
  このとき、外部ベンダーSEの側の立場からみれば、コンサルタントは言わば前工程の位置付けになるわけです。本書は、そのSEの立場におかれた場合に前工程たるコンサルタントと対峙するための「兵法」のような本です。

  著者たちの語り口は徹底的に実際的であり、懇切丁寧で粘っこいです。あたかも先輩が後輩に説諭をしているようでもあり、誇りを持てと激励し奮起を促しているような本であります。
  
 
【2】メッセージ

  著者たちのメッセージは、一言で言えば、「ベンダーSEよ、コンサルタントに位負けしてはならない」ではないか、と拝受しました。

  実際の企業内情報システムプロジェクトにおいては、登場人物はオーナーやらユーザやらいろいろの立場があります。しかし本書は、見事に鮮やかに、コンサルタント対SEという「対戦」?に焦点論点を絞り込んでいます。論旨はきわめて明確であります。


【3】組み立て

  プロジェクトにおいて、コンサルタントとベンダーSEという二つの職種の間に生ずるすれ違いを問題と捉えて、その問題の分析篇と対策篇とを展開しています。


 (1)分析篇
  著者たちは、分析篇では、まずコンサルタントとは何かということを、粘っこく周到に分析しています。この分析は、明白にSE側からみた立場というはっきりした足場があります。視点が明解です。とてもわかりやすい。

  著者たちが、SEとして、つまり後工程として、コンサルタントのすぐそばで、じっくりと相手をみてきた、やりあってきた方であろうことがよくわかります。経験談を踏まえています。
 
  そして、コンサルタントというものがなぜ必要なのかの需要を分析、彼らがどういう分布になっているかという生態分布を分析、さらにその思考回路がどうなっていて、議論のクセがこうなのだという行動を分析しています。実際の生態を実によく観察されています。

  コンサルタント職種の各位が本書を読んだときはどう思うのでしょう。彼らは本来は分析をするのが仕事です。このように周到に観察され、分析されているのを読むと、心底寒からしむるものがあるかもしれません。


 (2)対策篇
 
  対策篇も読み応えがあります。コンサルタントとコミュニケーションを取ること、そしてそのバックボーンとして、顧客をよく観察せよ、とあります。
  
  SEは議論となるとコンサルタントに「“負けた”と感じてしまいがち」(p.86)だが、そうではないよ、とプロの先輩として後輩に諭している声が聞こえてきます。著者たちが言うには、コンサルタントは仮説のプロであるのに対して、SEが実現のプロなのであるからコンサルタントとは位負けしてはならない。プロとして徹底的にコミュニケーションを取れとあります。
 
  戦場?では、コンサルタントへの指摘をせよ、「なぜそうしたのか」を追究せよ、成果物を見極めよ、「的確に補足」(p.79)せよとあります。「コンサルタントと議論をし、その思想を納得し、自分の腹に落とさなければなりません」(p.117)というわけです。

  また、そのためには、顧客を熟知せよ、というわけです。「顧客が情報システム導入と並行して行っているさまざまな取り組みをよく観察し、まとめる」(p.109)ことだと実務的なアドバイスもしてくれます。
 
 コンサルとの「勝負」 には「コンサルタントよりも広い視野を持って対応」(p.97)せよというわけです。そして勝負を「判定するのは顧客」(p.93)であり、勝負のポイントは「どちらがより信頼するに足る人であるか」(p.93)なのだとあります。
 

【4】文体

 文体はとても粘っこいです。特に第六章は圧巻です。緻密で周到な思考力を感じます。ガリレオの新天文対話のような、ブレヒトの対話劇のような、あるいは法廷物ミステリーのような緻密なリアリズムを感じます。

 登場人物である松下さんというコンサルタントが女性でなければ、もっと暑いものになっていたでしょう。そういう意味では気立ての良い女性でよかった、と感じています。



【5】横溢する誇り

 随所に後工程であるという誇り、物を実現するのはSEであるという誇りを感じる書であります。

 「SEがいなければ情報システムは構築できない」(p.92)「現実を知っている、そして必ず動くものを構築してくれるSE」(p.94)「情報システムという視点になると、その実現費用と難易度についてコンサルタントは全くといってよいほど考えていない」(p.115)

 これを読めばSE職種の各位も奮起せざるをえないのではないでしょうか。「このレベルになれば物申せるのだ」、という目標やら自信やら誇りを得ることができるのではないでしょうか?

 著者たちの誇りの鍵は、顧客の現実を観察してきた実績、そして顧客の問題解決を実現してきた技術であるのでしょう。


【6】感謝

  昨今は、このような誇りを持ったSEが少なくなっているのではないか、と危惧しております。本書を読んで奮起をしてほしいものであります。システムエンジニアという職種は論壇ではやや萎縮しつつあるように拝察します。彼らが本書を読んで元気が出れば、論議もタケナワになりますね。SE職種への喝を与える書として感謝致します。

木ノ下勝郎『業務設計・RFP・要件定義の“天動説”』同友館〔2005.4


木ノ下勝郎『業務設計・RFP・要件定義の“天動説”』同友館〔2005.4〕を読みました。

  
【1】一言紹介
 
  著者が引用されている日経コンピュータ2003年11月17日号によれば、世にある情報システム関連のプロジェクトは「成功率は3割」だそうだ。ほとんどが失敗している。著者によれば、その原因は要件が定義できないことにある。それはなぜか、どうすればいいのかということについて、根源的に解き明かして、対策を提言するという書だ。

【2】メッセージ

 メッセージは、業務改革プロジェクトにおける要件定義はユーザ主導であるべきだ、という考え方だ。そもそもユーザこそがITを活用する専門家であり、業務改革とは自らが自らの業務を見直すことであると説かれている。

 こう書いてしまうとフツーのことのようだが、世の中なかなかフツーでは無い。読者私もサラリーマンであるので体感をしている。


【3】組み立て

 分析と対策という組み立てになっている。

 まず分析。なぜ、プロジェクトがうまくいかないのか?それはベンダーの言うことを鵜呑みにして丸投げしているユーザ側が悪いと説かれている。しかし、著者によれば、そもそもソリューション提案などをしているベンダも悪い。そして、著者はさらにその根にあるITを導入する側の方法論、ソフトウェア工学にこそ悪の根源がある、ソフトウェア工学は地動説的であり、抽象化偏重思考がある、だからここから絶たなければ駄目だ、というわけだ。業務を抽象化してモデリングしようという料簡が、「要件定義問題の癌」(p.69)と語られている。ソフトウェア工学に汚染されたSEの頭の中で「『業務機能』がいつのまにか『データ処理規則』に変わり、そして『プログラムロジック』にシームレスに視点を移していき」(p.108)という思考原理そのものがおかしいと看破されている。
 
 そもそも要件定義はITを導入する側にはできないのだ、とも主張されている。「業務フローを書くには現場体験が必要である」(p.92)からだとしている。なるほど、電子カルテというような領域がうまくいかないのも、こんなあたりに原因の淵源があるだろう。
 
 著者によれば、これまでも方法論と呼ばれるものはたくさんあったが、いずれもソフトウェア工学が根にあった。だが、これまでの方法論はすべて、ITを導入する側の方法論であった、と主張されている。

 対策は「使う立場の方法が必要だ」、「対策は天動説」である、とある。それはユーザ主導の要件定義であるというわけだ。読者私は、要件定義とは(1)そもそも自分が自分の業務を反省して、(2)それについて語りだすものであって、(3)それを仲間と話し合って合意してゆくプロセスだ、と理解した。どこかの誰かが他人行儀に観察したりモデリングしたりするようなもんじゃない。
  
 対策として「ライブスペックメソッド」と命名された方法論を掲げている。新業務フローで仕事の環境を具体的に記述せよ、要件定義は合意形成のプロセスであるとされている。そして合意形成の触媒をする役割として、「RFPコンサルタント」という職種を自ら実践されておられるようだ。

 
【4】熱気

  対策としての方法論そのものよりも、要因解析の熱気にひきこまれた。著者の経験に根ざした観点そのものに大変共鳴する。分析のくだりでは切れ味鋭い刃を堪能させてもらった。
 
  本書の中では、ふんだんに、あれは駄目だ、こうすべきだ、という主張が繰り広げられる。これは立ち回りとでもいうべき論考だ。熱気がこもっている。例えば、トップダウンでは駄目だ、擦り合わせこそが重要だ。カタカナ用語は駄目だ、日本語での表記せよ。などとある。ほぼすべてに共感した。


【5】金言

  提言としても傾聴に値する言葉がたくさんでてくる。なかでも白眉は「業務」を定義されているくだりだ。素晴らしい。「主体性を持った人間たちの相互関係のシステム」(p.27)であるという定義がされている。

  だからIT要件定義というくくり方は駄目なのだ、とある。要件定義なんてものは業務設計の一つの要素にすぎない。「ITは業務活動の一部で利用されているに過ぎない」(p.71)からだ。


 
【6】バトンを渡された気持ち

  本書を読んだ読者私としては、なにかバトンを渡されたような気持ちになる。この先に論考を進めてみなければならないような気持ちにかられる。

  そもそも業務改善、業務改革というのはプロジェクトでやるような一過性のものではなく「日常化」されなければならないのではないか?「はれ」の事象ではなく、「け」の事象として。 

  著者が言われている「仕組みを設計する企画部門の仕事」(p.132)による合意形成のプロセスが、社内で日常として当たり前のようにまわっていればPTは不要なのではないか?

  著者木ノ下様の論を進めれば、合意形成がルーチンとしてまわっていれば、RFPコンサルタントという触媒も不要になる。

  「仕組みを設計する企画部門の仕事」もどんどん人が回転してキャリアパスの一つになっていると良い。

  業務シミュレーションについては、あれは画面があれば良い、というわけではないと感じている。例えば新業務劇場というようなところで、本当に新業務を実際にやってみる場が必要ではないか。ビデオの劇にしても良い。
 
  あるいは、目指すべき水準にある企業に出向して、実際に何年か実務をやってみるというのもある。いずれにしてもこれは人事施策であり、ITベンダーのごときなどはまったくおよびでない話だ。

  新業務フローは著者が言われるように社会学的な領域であるとも思えるが、さらに読者私は、演劇の領域、ロールプレイングゲームのような領域なのではないかとも思う。

【7】感謝

 このような熱気ある書に感謝。

以上

石川和幸『だから、あなたの会社の「SCM」は失敗する』日刊工業新聞

石川和幸『だから、あなたの会社の「SCM」は失敗する』日刊工業新聞社〔2008.2〕


【1】一言紹介

  著者は 日本の製造業でSCMのプロジェクトに多く貢献をされたコンサルタントです。本書は著者の実戦実践に基づく知見を一冊にまとめています。一つ一つが事例に基づいた教訓となっております。SCMに取り組んだ経験のある人にはとても「読ませる」内容です。これから取り組む人は「使える」本だと思います。
 
【2】著者のメッセージ

 常識を持って、良く自社の事情を自分で考えて、良い人材を選んで、普通に取り組みなさい。世間の風評や怪しいコンサルや有名なソフトウェアパッケージに依存してはいけません。業務をする人間を尊重しましょう。そういう著者の声が聞こえてきそうです。

 企業の中で実際に普通にやるということは大変難しいです。読者私もサラリーマンですので体感しております。たとえばあたりまえのようにみえる「システムを選ぶ際のポイント」(200ページの図表5-22)もとても貴重な指摘なのであります。


【3】本書の組み立て

  製造業でSCMのプロジェクトを始める工程に沿って、読みきりのかたちで知見を挙げておられます。最初の目標を立てるところから、プロジェクトチームの体制をつくるところ、現状の業務を分析して改善案を考えるところ、改善のための手段を考えるところ、それぞれの局面について、難所を指摘されています。そして、その難所を越えるための考え方を説くという構成になっています。

 各章のセクションタイトルが警句として完成しているのは見事です。それ自体がとても印象強いです。俳諧・川柳のようです。ここだけ読んでも感動します。「欠品に注目しているだけでは欠品は減らない」(p.16)…うなります。

【4】文体

丁寧に推敲された平易な文章がすばらしい。実はとても高度な内容であるのに、それを無駄なく簡潔に説かれておられます。奇をてらったところがまるでなく、文学的にも工学的にも良質な文体と思います。さらに喜劇的寓話的な要素もふんだんにあります。(141ページのW社に笑いました) 

  読者私が嬉しかったのは頻繁に登場する「業務を営む」という表現です。「営む」、良い言葉です。現場の業務に対する畏怖というか敬意が感じられます。読者私もサラリーマンですので、このように業務プロセスに敬意を払う人でありたいものです。

  業務への敬意といえば、終わりの方の章にある「良い『属人化』」(p.218)という提起はすばらしいです。ここでも業務は、かけがえのない人間一人一人が営むものなのだ、という主張を感じます。読者私は「やりがい」「がんばり」という要素を捨象する方法論はキライです。著者の視点は暖かくて好感を持ちます。

以上

三品和広『経営戦略を問いなおす』ちくま新書〔2006.9〕

 三品和広『経営戦略を問いなおす』ちくま新書〔2006.9〕を読みました。

 著者三品さんの本は面白いです。感謝申し上げます。

 【1】メッセージ
  
  メッセージが明瞭で筋が通っています。経営戦略は分担作業でもないし、普遍的な科学でもはなくて、アートだと主張されています。経営者の頭の中にだけ「宿る」ものであると語られておられます。で、そのような経営者となるためには、読者各位は何をすべきか?ということを想定される3つの年代層に向けて語ってくれています。

  読者私は製造業サラリーマンの端くれです。たしかに会社には生産・販売・開発といって縦割りの実力者各位っておられます。この方々が分業で「戦略」を作成するってなかなかイメージできないということは実感します。三品さんの言われるように戦略というのは「その真髄がシンセシス(統合)にあるから」「一人の人間の頭の中でするしかありません」(p.62)と実感申しあげます。 

 【2】読みやすい

  本の構成が、しっかりと組み立てられているので、とても読みやすいです。章立てがきっちりと構成されています。結論なり見通しを先に述べ、それを説明するという手順を踏まれています。


 【3】華がある

  著者三品氏の語り口はとても魅力的だと思います。言葉をとても丁寧に使われる方だと感じました。慎重であります。変な言葉を使わない。

  冒頭でよく「戦略」、「戦略」というけど「わかっているのか?」と問いかけておられます。戦略という名義で余計な投資をすると被害が大きいぞと書かれています。このへんは読者私としては、なんだか「ハッ」とします。後ろめたいです。

  でも、ただ慎重なだけでは面白くならないです。実は言葉を英断を以って使われているとも思います。新たに言葉を設定されるのですよね。例えば「事業観」とか「操業経営者」などといった言葉。巧みであります。

 
 【4】著者の戦略
 
  この本では経営戦略を取り上げて述べられておられるのですが、自らの御活動にもみごとに適用されているように思います。著書の中で戦略の一要素として「均整」を挙げておられますが、御著書も実に「均整」が取られている。経営学と経済学、数字とテキスト、実証と仮説、マクロとミクロ、鳥瞰と虫瞰、これらが実に均整が取れているのです。

  戦略的な本であります。特に長期のマクロな数字で語られている数字の使い方、節々にさりげなく引用される日本のサラリーマンの生態や心理は心憎いほどです。現場の組織、実態をよく知っておられる方です。

  でも何よりも、人徳がある。妙な概念や用語で人を煽らない。時流や流言への迎合が無いです。最後の方で、創業者でもない人が経営者になれるようにするには「創業の理念」へ回帰せよと語られる場面があります。ここで、「人は価値観や大義のために尽くすものである」「だから知的精神的な文化遺産を語れ」と書かれています。このあたりの人間観もとても共鳴申しあげます。

 以上

南淵明宏『僕が医者を辞めない理由』羊土社〔2005.6〕

 南淵明宏『僕が医者を辞めない理由』羊土社〔2005.6〕を読みました。

 超一流の職業人の現役バリバリの方、プロのプレーヤーはとてもお忙しいはずであります。だから通常はなかなかそういう方は本など書いてくれないのではないものだろうと思います。著者南淵氏は現場の手術という逃げも隠れもできない現場でプロとして活躍されている心臓外科医でありながら、このような本を書いて下さったということでありまして、まず、この点を感謝申し上げたいです。

 ここで語られているものは職業観というようなことであります。話題は当然、医者の世界のことであります。しかし、これは医に携われている方々だけの話ではないと思いました。広く、問題解決に携わる職業人の考え方、行動の仕方は共通するものであると確信しました。

 とても歯切れが良く明確なメッセージを受け取りました。「現場に立つものがプロ」であり、医局に代表されるような権威やら序列やらはニセモノである、これらは患者の役にたたない、ということですね。で、そういうニセモノは見ていておかしいじゃねえか、おかしいよ。と。笑えるエピソードも多く語ってくれます。で、プロはこうあるべきだと著者「僕」は思っていると。で、そうすることが、せっかく生まれてきた意味じゃねえのかよ、と。そのように読めます。そのように語ってくれている本であると受け止めました。

 読者私もやはりそのような職業人でありたいと思う一人でありますから、著者のメッセージを上記のように受け止めさせていただきました。とても啓発された次第であります。
  
 ただ啓発してくれるだけではなく、この上なく楽しい本です。何回も笑いました。雄弁な方が猛スピードで、当為即妙に、それでいて深い含蓄のあるトークをされているような本であります。