山田日登志『現場の変革、最強の経営 ムダとり』幻冬社〔2002.5〕

山田日登志『現場の変革、最強の経営 ムダとり』幻冬社〔2002.5〕

  先日、勤務先の会社で、アメリカのベンダーの方から海外の工場改善事例のプレゼンを聞く機会がありました。私は英語を聴くのが下手で、理解度としては駄目なのですが、その中にMUDAという単語が出てきて驚きました。日本語の「無駄」です。現場改善の世界でいう「ムダ」です。なんと海外でもMUDAという日本語が使われているのです。ちょっと感動しました。

 

  本書はそのMUDA取りの本であります。

【1】メッセージ拝受

 ムダを発見して、排除しよう、という現場改善の本です。効率化のマニュアル本ではないです。本書には、「ムダを排除するのは人間の能力を活用するためなのだ」、というメッセージがあります。このメッセージを、様々な現場指導の実践で裏付けながら語っておられます。とても納得致しました。著者山田様のライブでの迫力ある言葉を聞きたくなりました。


 ムダを排除する、というと、なんかきつい語感がありますが、本書の論調は明るい感じがします。おそらく、人間の能力というのを肯定されておられるからなのだと思います。せっかくの人間のすばらしい能力が、分業というシステムにせいで発揮されていないじゃないか、という主張をされておられます。

  実践ベースの人間肯定の論調に共鳴致します。とてもわかりやすいです。著者に感謝申し上げます。


【2】組み立てを堪能

 著者山田様は問題の捉え方がとても大局的な方であります。

  現在の日本の問題として「『モノづくり』をすっかり忘れてしまった日本は危ない」(p.96)と案じておられます。「もし製造業が滅びるなら、日本も滅びる」(p.97)と主張されています。わが国はものづくりでここまで来たんだ、それなのに、というわけであります。さらに広く視点を取られていて、環境問題も語られます。環境問題も著者の言葉で言えば、地球的にムダが作られている、これはムダだ、だから環境も損なうのだ、というように捉えることができるわけです。「『ムダとり』は単に生産現場だめではなく、個人を、企業を、社会を、そして地球をも救う」(p.86)と言われています。


 どうして今日を招いたのかも分析されておられます。その要因は大量生産大量消費だ、とされています。大量生産大量消費は環境を損なう。だが、それだけではない。その中から現れてきた分業というシステムが人間の能力を損なうという御主張です。

 人間の能力をもっと大事にしなければならない。そうしないと幸せにならないではないか、という考え方が著者山田様の発想の根底にあるようです。これがOSのように作用されているのだと推測致します。現場改善実践のお話、逸話等が引用されています。事例もセル生産あり、ラインカンパニー制度あり、様々です。現場から生まれた貴重なる知見も紹介してくれています。「工場を見るときは後工程から見ろ」、とか、「数字は駄目、現場を見ろ」など。貴重な教訓であると思います。


 本書の最後の方では、ホワイトカラーに対しても、現場実践の視点から、指摘をされています。

 オフィスにもサイクルタイムを導入せよ、といった提起をされています。一時、DIPSなどというものがあったことを想起致しました。

 いくつかの御指摘を読みますと、わが国は現場の力は強かったのだけれども、ホワイトカラーが駄目にしているのだなあ、と感じます。


【3】リズムを堪能

  著者山田様の論調は「これは駄目、こうしろ」という調子で、とても歯切れがいいです。これがライブではとても説得力になっていると推測致します。not何々、で、but何々という感じのわかりやすさです。


【4】私の仕事への触発

  勤務先では情報技術の社内業務利用に携わってきました。我が身には思い当たることがたくさんありました。長く、そんなことに携わっているので、著者山田様の「『現場を見る目』をもった人間こそが、製造業の主役なのである」(p.115)という言葉はよくわかります。
  
  現在の製造業における情報技術の利用というのは、妙な方向へ行っているように思います。なにか現場から離れるために情報技術を利用しようというような傾向がある気がしています。このような方向は本末転倒であるとつねづね思っています。本書を拝読いたしまして、ますますその確信が強まりました。会社人生も、かなり後半になってきていますが、「現場を見る目」を磨くための毎日でありたい。そうしなければ製造業に居る意味が無いですね。


 とてもわかりやすくて迫力がある名著であると思います。