John Seely Brown and Paul Duguid(訳者は宮本喜一氏) 『なぜITは社会を変えないのか』 日本経済新聞社〔2002.3〕

  本書にはとても感謝をしたくなった。

  ITという言葉には、恥ずかしい響きがある。この恥ずかしさをよくわかっているひとは、ITと呼ばれている世界からちょっと離れたところにいて、バカだなあと眺めていられる。既に正解を知っている人がクイズの会場を遠めにみているような感じだ。

  ところが、不幸にして自分の職種が、ITと呼ばれている世界と否応無く関連してしまっているような人にとっては、この恥ずかしさは深刻な悩みだ。読者私はどうもそういう境遇にある。この境遇にある読者私は、やはり、この恥ずかしさについて解明をしたい。どうして恥ずかしいかを根本的に知りたい。

  この境遇にあるということは、ITと呼ばれるものから一方的に被害に遭ったとばかりは言えない。ITと呼ばれている妙な世界には、苦い思い出がある。若い時は未熟なものだから、すぐ染まった時分もある。染まっていた若い時の恥は忘れてしまいたいものだ。しかし、この恥を言わば失敗学として、解き明かしてくれるのが本書だ。感謝をしたくなる。あんな恥であっても、未来への遺産になる可能性もあるのだ、と教えてもらえると、なんだか救われるような気がした。

  嘘を嘘だと言ってくれる。こういう本には感謝がしたくなる。

  本書を読んでいると、いつの世でも、嘘を嘘だ、と説明して、人々を正気に戻すというのは学問の任務ではないか、と気づく。人を正気に戻してくれるような学問の成果に対しては、謙虚に感謝をしたくなる。