泉谷渉『電子材料王国 ニッポンの逆襲』東洋経済新報社〔2006.5〕を

泉谷渉『電子材料王国 ニッポンの逆襲』東洋経済新報社〔2006.5〕を読みました。


【1】一言紹介

 2006年の冒頭時点での電子材料業界は好調だ。将来性もある。ここで勝っているのは日本の100年企業である。それを「なぜか?」と分析されている書であります。

 最近の製造業を論じた本の論調で多いのは「ライフサイクルはどんどん短くなってくる。多品種少量化は進みロットはどんどん小さくなる。だから製品構成をモジュール化をして、バラバラにして切り出して、安いところで調達すべし。業務も然り。切り出してアウトソーシングすべし」といったものであります。

 しかし、本書は、これらとは真逆の当事者コメントをたくさん取材されています。ここが妙味であります。こうした我が国の製造業の貴重な生の声を記録されたことに感謝申し上げます。

【2】メッセージ

 電子材料業界の製造業は日本人の国民性に合っているから強い。このようなタイプの製造業で生きるこの国民性は財産であり、大切にしようというメッセージを拝受いたしました。

【3】組立て

【3-1】業界を見る視点・構図

 IT産業を 川上、川中、川下に分けて捉えます。セットメーカーは川下、電子デバイスは川中、電子材料は川上となります。セット機器は最終商品でPCやデジタル家電や携帯電話などです。電子デバイス半導体、ディスプレー等。その川上にあるのが電子材料で、シリコンウエハーなどの半導体材料、ディスプレー用材料、電子部品材料などで構成されています。
 
【3-2】仮説1;マテリアルの時代

 著者泉谷氏は、業界の収益構造は15年刻みくらいで移行・変化が起きてきたと捉えておられる。1970〜1985はハードウェアの時代、1985〜2000 は半導体の時代であった。2000〜2015は電子材料、マテリアルの時代ではないか、と仮説を立てておられる。

 電子材料業界は日本が強く、電子材料では日本の世界シェアは65%、半導体材料における日本の世界シェアは60%以上、ディスプレー材料においては70%以上とのことです。

【3-3】仮説2;マテリアルで日本の百年企業が強いのは国民性に合ってているからだ

 また電子材料の企業は百年企業が多い。彼らがこの業界で強いのは日本の国民性に合っているからだ、という仮説を立てておられます。取材を通じて確信を深められていったことがよくわかります。これは納得しました。「こんなにも緩慢で、かったるく、愚直な作業を日本人以外の誰がやるだろうか」(タキロンの井平誠氏、p.214)というわけであります。

 「和を大切にする日本的システム」(トッパンコスモ常任監査役 岡見宏道氏 p.234)「きめ細やかな感性、品質に対する徹底的なこだわり、一つのことを追求するある種の緩慢さ(p.246)「きめが細かく律儀で」「ちまちましており、一つのゴミも許さないという清潔志向」(p.51)と言われると納得します。
  
 昨今はどちらかといえば、これらの特性は「欠点」とされる論調が多いように思います。こうした肯定的な論調は重要であります。

【3-4】弱みは?

 材料メーカでありますから、やはり宿命はあります。コストダウン要求と代替材料の登場が脅威とされています。
 サムソンは「すさまじい価格の引き下げ要請をしてくる」(p.239)し、「材料メーカーはいつでも代替される技術に怯えている」(p.230)というわけです。


【4】趣向

 現地へ取材して、各企業の当事者の発言を編み上げるという構成となっています。当事者の生の声というのは迫力があります。仮説の裏づけとして上手に構成されておられます。とても読みやすく、納得させられてしまいます。私は下記7つの特性と理解しました。

1.取り扱い製品の特性=得意分野に特化
2.プロセスの特性  =擦り合せ、人に依存
3.勝ち筋の特性   =先行投資と長期戦
4.打ち手の特性   =コストより品質
5.リソースの特性  =長期間雇用
6.カルチャー
7.資産面、費用面の特性



1.取り扱い製品の特性=得意分野に特化
  この分野は「単品大量生産・大量消費の時代」(p.242)であり、「成功している企業は」「得意分野に特化している」(p.17)という特性があると理解しました。

2.プロセスの特性=擦り合せ、人に依存
 この業界は「標準的な材料を創意工夫でエレクトロニクス向けにデフォルメしてゆくというプロセス」(p.51)という。「相手の製造プロセスに合わせて作り込むという技」(p.101)が重要で、「顧客のニーズに対して、徹底的にすり込みすり合わせを行う」「お客様との摺り合せがもっとも重要」(富士フィルム 槙野克美部長、p.137)という。
  
  リードタイム特性としては「長い長い開発期間と商品化までのトライアルの期間を我慢しなければならない」(富士フィルム佐々木執行役員、p.138)「長期間にわたる集積が必要」(p.216)で「10〜15年かかることは日常茶飯事」(p.214)という特性があると理解しました。
 
  人の介在が重要で、「液晶製造プロセスには人が介在するところも多く、また人を育てるには数ヶ月以上かかるため人材育成は継続的な課題だ」(チッソ寺島兼詞部長、p.125)というわけです。

3.勝ち筋の特性=先行投資と長期戦
  設備投資先行以外に勝つ道はなく、1000億円以上の投資をすれば回収には10年以上かかるという長期戦です。
 
4.打ち手の特性=コストより品質
  「改良して顧客の要求に応えていくのが技術屋の使命。コストダウンなんか二の次。品質で積み重ねた信頼関係ができれば、相手はそう簡単によそのものを使わない」(p.99)。戦略は「時には過剰品質・サービスを提供することも必要だ(ニッポン高度紙工業 関社長、p.155)」となります。

5.リソースの特性=長期間雇用
  「何しろ、50年間も一緒に働いているわけだから、あうんの呼吸で物事は進んでいく。従業員全体の一体感が高信頼、高歩留まりの製品を生み出す。これだけ長くやってきて一人のリストラも行っていない」(日本ゼオン 高岡工場長岡田誠一氏、p.130)

6.カルチャー
  取材された著者泉谷氏が感じられたのは「まったりとした表情」「ゆったりとした社風」(p.225)ということであります。


7.資産面、費用面の特性
 「その多くが国策会社」(p.225)であり、100年にわたる事業の間に蓄えた土地、不動産などの含み資産は、実はたいへんな額に達している」(p.225)というわけで、資産家なのですね。さらに「企業の交際費という点でもダントツ」(p.226)だそうです。





以上