伊丹敬之+一橋MBA戦略ワークショップ『企業戦略白書VI』東洋経済新

 伊丹敬之+一橋MBA戦略ワークショップ『企業戦略白書VI』東洋経済新報社〔2007.9〕を読みました。


【1】一言紹介

 外部公表情報を用いて個別企業の分析をされているという書であります。

 企業の中では、よく構造改革が必要だ、というようなことが言われます。それが何かというところは、意外にぼやけていることが多いと感じています。本書では、企業構造改革というのが何であって、何に着目して、どうするものなのかということを定義して、事例が示してくれています。読者私もよく理解できました。
 
 本書は、日本のいくつかの企業について、マクロ的視点と個別視点という2つの見方で分析しています。アカデミックな観点からの外側からの分析であります。外側からであっても、ここまで分析できるのだということは勉強になりました。既に公知の情報だけを素材としても、包丁や料理の腕さえあれば、こういう料理ができるのだということがわかりました。
 
 企業内に居る立場としては、社内の情報というのが意外にとれないとこぼすことも多いのです。情報が取れないときは包丁を磨けとばかり激励されました。


【2】メッセージ

 メッセージは下記の(1)〜(5)と拝受しました。このような考え方・捉え方が、「企業の構造再編成の分析に使える」、ということも受けとめました。

 (1)2006年の日本企業が抱える課題は「企業構造の再編成」をして「真の成長」をすることだ。
 (2)真の成長とは外部環境変化に対応して、資源を蓄積しながら優位を築いてゆくことだ。
 (3)企業構造の再編成とは技術の観点から選択を行い、ビジネスシステムの観点から集中を行なうことだ。
 (4)この問題を考えるには「技術」と「ビジネスシステム」という観点が重要だ。
    技術とは「具体的な企業活動の実行のための知識的基盤」だ。
    ビジネスシステムとは顧客に商品を届けるまでの仕事の構成と仕組みだ。
 (5)ビジネスシステムの構成要素の中で、技術を蓄積したいところ自社でやるべきだ。
    ビジネスシステムをまわしながら資源が蓄積できるからだ。
 
  
【3】組立て

 著者伊丹氏(とそのグループ)は、著者たちのツール(料理で言えば包丁のようなものですね)である「勝ち組・負け組マトリクス」「頑張りマトリクス」「戦略的打ち手分析」といった手法を紹介してくれます。

 このツールによって、2006年日本の非金融業の225社についての分析して、その結果を紹介してくれています。パフォーマンスとして勝ち組・負け組はどこか。さらにそれを業種のバイアスを取り除いてどうか。それはどういう打ち手でそうなっているのかと分析を進めています。
 
 データの料理法に説得力があります。マクロなデータから、典型的な企業の絞込みをして、個々の企業の打ち手と対応付けて勝ち負けの要因をさかのぼってゆきます。一種のリバースエンジニアリングと捉えました。当該の企業がどういう意思決定をしていったのかをリバースしてゆく趣向です。

 本題の企業構造の再編成を(1)事業構造転換(2)国際化(3)M&A に分けて、それぞれ成功事例・苦闘事例を紹介しています。実際の個別企業について分析をしています。企業構造の再編成にを考えるには「技術」と「ビジネスシステム」という観点が必要であるということがよく裏付けられています。 


【4】読み応え

 
  特に読み応えがあるのは第六章のシャープとJSR、第七章の日立製作所富士フィルム、第八章のトヨタ、携帯端末、花王、第九章の日本電産ユニクロJFEという4章にわたる事例分析の部分です。技術とビジネスシステムという観点からこれらの企業の最近の動向を分析されています。この観点が切れ味があるということがよくわかります。
 
企業構造の再編成の3つの施策の中で「事業構造転換」の分析は第六章でシャープとJSRが取り上げられています。読者私はこの章が特に読み応えがありました。福井晃太郎氏が執筆されている章です。
 
 (1)ビジネスシステムの設計によって、どの工程の情報が集積されるかが決まる。
 (2)この知識が新しい事業分野でのカギだ。
 この2点が丹念に裏付けられています。

 シャープでは完成品から液晶デバイスへと事業構造が再編成されました。著者はこの構造改革では「デバイスの外販」というプロセスがキー、コアとなるプロセスであったと分析されています。このプロセスを通じてノウハウが蓄積できたというわけです。技術といってもいわゆる狭義の技術ではなく、業務プロセスの中で蓄積するプロセス知のようなものを技術と呼ばれています。ここはとても共感致しました。この「デバイス外販」という工程において集積した情報を、開発プロセスにフィードバックするところに、このビジネスシステムの粋があるようです。

 一方でJSRでも合成ゴム事業から光・電子材料事業への構造を再編成されています。こちらのビジネスシステムでは「常に顧客の足元に自社の工場を整備する」(p.208)「顧客の半導体製造ラインまで自社の工場内に再現するという徹底した作り込みを行っている」(p.210)といった箇所に着目されています。ここでもまた、「顧客接点での学習を研究開発にフィードバックする仕組み」(p.211)が機能しているようです。

 (1)コアである技術は何であるのか。
 (2)その技術情報をどこに蓄積するか。
 (3)そのためにはどこの業務プロセスに着目して、そのプロセスをどう設計するか。
 この3点が事業構造再編成の重要なポイントであると描かれています。そして新旧の事業の間のマネジメントが重要であると述べられています。キャッシュが旧事業から新事業へ流れていたことが財務諸表から裏付けられています。

【5】趣向

 著者伊丹氏(とそのグループ)は、マクロ分析の項では、論考の裏付けデータとして経済指標のグラフを利用されています。これぞデータによる説得だ、という模範演技のような使われ方です。勉強になります。

 個別企業の事例分析の項では、その企業のビジネスシステムを概略のプロセスチャートで簡潔に表現されています。企業の内部にいても、こういった把握の仕方には一定の素養を必要とします。やってみるとなかなか難しいものです。読者私は製造業のサラリーマンでありますので、大いに参考になります。



以上