伊丹敬之+一橋MBA戦略ワークショップ『企業戦略白書VI』東洋経済新

 伊丹敬之+一橋MBA戦略ワークショップ『企業戦略白書VI』東洋経済新報社〔2007.9〕を読みました。


【1】一言紹介

 外部公表情報を用いて個別企業の分析をされているという書であります。

 企業の中では、よく構造改革が必要だ、というようなことが言われます。それが何かというところは、意外にぼやけていることが多いと感じています。本書では、企業構造改革というのが何であって、何に着目して、どうするものなのかということを定義して、事例が示してくれています。読者私もよく理解できました。
 
 本書は、日本のいくつかの企業について、マクロ的視点と個別視点という2つの見方で分析しています。アカデミックな観点からの外側からの分析であります。外側からであっても、ここまで分析できるのだということは勉強になりました。既に公知の情報だけを素材としても、包丁や料理の腕さえあれば、こういう料理ができるのだということがわかりました。
 
 企業内に居る立場としては、社内の情報というのが意外にとれないとこぼすことも多いのです。情報が取れないときは包丁を磨けとばかり激励されました。


【2】メッセージ

 メッセージは下記の(1)〜(5)と拝受しました。このような考え方・捉え方が、「企業の構造再編成の分析に使える」、ということも受けとめました。

 (1)2006年の日本企業が抱える課題は「企業構造の再編成」をして「真の成長」をすることだ。
 (2)真の成長とは外部環境変化に対応して、資源を蓄積しながら優位を築いてゆくことだ。
 (3)企業構造の再編成とは技術の観点から選択を行い、ビジネスシステムの観点から集中を行なうことだ。
 (4)この問題を考えるには「技術」と「ビジネスシステム」という観点が重要だ。
    技術とは「具体的な企業活動の実行のための知識的基盤」だ。
    ビジネスシステムとは顧客に商品を届けるまでの仕事の構成と仕組みだ。
 (5)ビジネスシステムの構成要素の中で、技術を蓄積したいところ自社でやるべきだ。
    ビジネスシステムをまわしながら資源が蓄積できるからだ。
 
  
【3】組立て

 著者伊丹氏(とそのグループ)は、著者たちのツール(料理で言えば包丁のようなものですね)である「勝ち組・負け組マトリクス」「頑張りマトリクス」「戦略的打ち手分析」といった手法を紹介してくれます。

 このツールによって、2006年日本の非金融業の225社についての分析して、その結果を紹介してくれています。パフォーマンスとして勝ち組・負け組はどこか。さらにそれを業種のバイアスを取り除いてどうか。それはどういう打ち手でそうなっているのかと分析を進めています。
 
 データの料理法に説得力があります。マクロなデータから、典型的な企業の絞込みをして、個々の企業の打ち手と対応付けて勝ち負けの要因をさかのぼってゆきます。一種のリバースエンジニアリングと捉えました。当該の企業がどういう意思決定をしていったのかをリバースしてゆく趣向です。

 本題の企業構造の再編成を(1)事業構造転換(2)国際化(3)M&A に分けて、それぞれ成功事例・苦闘事例を紹介しています。実際の個別企業について分析をしています。企業構造の再編成にを考えるには「技術」と「ビジネスシステム」という観点が必要であるということがよく裏付けられています。 


【4】読み応え

 
  特に読み応えがあるのは第六章のシャープとJSR、第七章の日立製作所富士フィルム、第八章のトヨタ、携帯端末、花王、第九章の日本電産ユニクロJFEという4章にわたる事例分析の部分です。技術とビジネスシステムという観点からこれらの企業の最近の動向を分析されています。この観点が切れ味があるということがよくわかります。
 
企業構造の再編成の3つの施策の中で「事業構造転換」の分析は第六章でシャープとJSRが取り上げられています。読者私はこの章が特に読み応えがありました。福井晃太郎氏が執筆されている章です。
 
 (1)ビジネスシステムの設計によって、どの工程の情報が集積されるかが決まる。
 (2)この知識が新しい事業分野でのカギだ。
 この2点が丹念に裏付けられています。

 シャープでは完成品から液晶デバイスへと事業構造が再編成されました。著者はこの構造改革では「デバイスの外販」というプロセスがキー、コアとなるプロセスであったと分析されています。このプロセスを通じてノウハウが蓄積できたというわけです。技術といってもいわゆる狭義の技術ではなく、業務プロセスの中で蓄積するプロセス知のようなものを技術と呼ばれています。ここはとても共感致しました。この「デバイス外販」という工程において集積した情報を、開発プロセスにフィードバックするところに、このビジネスシステムの粋があるようです。

 一方でJSRでも合成ゴム事業から光・電子材料事業への構造を再編成されています。こちらのビジネスシステムでは「常に顧客の足元に自社の工場を整備する」(p.208)「顧客の半導体製造ラインまで自社の工場内に再現するという徹底した作り込みを行っている」(p.210)といった箇所に着目されています。ここでもまた、「顧客接点での学習を研究開発にフィードバックする仕組み」(p.211)が機能しているようです。

 (1)コアである技術は何であるのか。
 (2)その技術情報をどこに蓄積するか。
 (3)そのためにはどこの業務プロセスに着目して、そのプロセスをどう設計するか。
 この3点が事業構造再編成の重要なポイントであると描かれています。そして新旧の事業の間のマネジメントが重要であると述べられています。キャッシュが旧事業から新事業へ流れていたことが財務諸表から裏付けられています。

【5】趣向

 著者伊丹氏(とそのグループ)は、マクロ分析の項では、論考の裏付けデータとして経済指標のグラフを利用されています。これぞデータによる説得だ、という模範演技のような使われ方です。勉強になります。

 個別企業の事例分析の項では、その企業のビジネスシステムを概略のプロセスチャートで簡潔に表現されています。企業の内部にいても、こういった把握の仕方には一定の素養を必要とします。やってみるとなかなか難しいものです。読者私は製造業のサラリーマンでありますので、大いに参考になります。



以上

佐藤剛『イノベーション創発論』慶應義塾大学出版会〔2008.9〕を読み

佐藤剛イノベーション創発論』慶應義塾大学出版会〔2008.9〕を読みました。


【1】一言紹介

 セイコーエプソンが機器のデザインという職務をどのように設計したか、機器デザインセンターという組織をどのように設計したか、ということがよくわかります。ここまで克明に内情を公開することを了解したセイコーエプソンという会社の度量には感服します。はしがきに御芳名のあるセイコーエプソン機器デザインセンターの前野久登氏、田淵史氏という方々に感謝申し上げます。

 読者私はサラリーマンであります。私は企業の中の業務プロセスのあり方というのは最高の機密だと思うのです。ところが、これは知ったからといってもなかなか真似はできないということも体感しております。セイコーエプソンの方もそのあたりを見抜いて公開を了解されたのではないかと思います。

 個別な企業の個別の職場のことなのですが、徹底的に具体的に描かれているので、とても一般的な知見であると思います。

 技術者が働くとはどういうことなのか、あるいは、会社が職能を持つものを、企業の中で働いてもらうということはどういうことなのか。よく理解できます。名著であると思います。

【2】メッセージ

 読者私は著者佐藤氏のメッセージを以下のように理解しました。

 (1)イノベーションは設計できない
 (2)おきやすくすることはできる
 (3)イノベーションはプロセスなのだから
 (4)そのプロセスを設計すればよい
 (5)それは経営の仕事である
 (6)実際にセイコーエプソンの機器デザインセンターではこうやったのだ      

【3】組み立て

 前段ではセイコーエプソンという会社がイノベーションのプロセスをどのように設計したかを明らかにされます。後段では、そのプロセスが動いて、実際に斬新な商品が開発された経緯が述べられています。

 読む側は、こういうプロセスがあったから、ああいう製品が生まれたのだな、と理解できるようになっています。

 前段のプロセスの設計のくだりは、組織の設計→評価制度の設計→やる気の設計のような組み立てになっています。イノベーションだから個人的なアイディアに依存しようというのでは会社じゃないというわけで、組織、評価といった仕組みを仕掛けてゆくところがさすがです。これが企業力ということがよくわかります。

 著者自身もこのセイコーエプソンのやる気の設計の部分−「組織開発プロジェクト」という名前が付いています−には関与されていたようです。

 後段は、実際の斬新な商品であったエプソンのEMP-TWD1という製品の開発物語であります。

 この中で、仕組まれた業務プロセスが生きていることが描かれています。

【3】プロセスが設計されている

 読者私は本書を読んで、イノベーションを起こすプロセス、仕掛けは以下の3つが重要と理解しました。

 まずは職種・職能を持つ人間を職能部門に閉じ込めず、事業の中におき、事業部の人間と親しくさせること。次に、第一歩を踏み出し易くすること。そして、誰かのアイディアに他の人間が共感できるような機会をうまく仕組むこと。

 本書セイコーエプソンの機器デザインセンターのEMP-TWD1の開発の事例では、この3つがとてもよく描かれています。 


【3-1】親しくなる仕掛け

 何よりもデザインセンターの人間が製品開発の担当者と「日常的に会話ができる関係が必要」(p.186)とあります。読者私もサラリーマンでありますから、ここは賛同申し上げます。会議室では駄目なんですよね。「意識して話す場合、すでに、どうすべきか判断できる内容を話すことが多く、そこから創造的に発展することは少ない」(p.186)ということもよく体感致しております。

 いずれにしろ「積極的にデザインセンターの枠を飛び出て、開発担当者など事業部の人々と親しくなることが、デザインの質を高める契機になる」「CADの前でなんとかアイディアをひねり出そうとしても、簡単に生まれるものではない」「社内には豊富な資源があり、それらが価値を見出されるのを待っているのである」(p.186)なんと本質的なことでありましょうか。

 このようにデザイナーと事業部の製品開発担当者を「親しく」するために、デザインセンターは事業部の中に置かれることになったというわけですね。職能部門を本社や中央研究所に置くのではなく、事業部の中に置くこと。これは重要だと共感しました。なんてことないように見えます。しかし、とても重要であると思います。ここをイノベーションのポイントとして語る著者佐藤氏に感謝申し上げます。職能部門におかれる人間の本音を甚く刺激してくれるくだりであります。


【3-2】第一歩が踏み出せる仕掛け

 なんらかのアイディアを持ったものが第一歩を踏み出しやすくさせる仕組みも巧妙に設計されている。

 「デザインセンターは以前から、デザイナーが自ら感じている課題があれば、センター内にアナウンスし、共感者がいれば自由にタスクチームを作り、活動していうことを奨励してきた」(p.191)

そして、事業部に向けては「社内開発デザイン展示会でコンセプトモデルを発表」(p.195)するような仕組みもあるようだ。

【3-3】誰かが共感する仕掛け

 本書の第七章のEMP-TWD1という製品の開発物語では、アイディアに共感して人が協働したという経緯が紹介されています。

 これまた経営の側が人が人に共感するような機会をうまく用意しているということに感心致しました。ある人間が何かを思っていたとしても、それだけでは他人には見えない。見えなければ共感もできない。ここが重要であると理解しました。「その姿に周りの人間が気づき、関心を持つ」(p.224)というプロセスがとても重要です。これこそが
「自発的なアイディアが実をむすびやすくするための装置」(p.229)というものなのだと理解しました。

【4】職能部署に所属する人の本音

 それにつけてもセイコーエプソンのデザインセンターという組織の置かれ方は見事だと思います。デザイナーに限らず、職能部署に置かれがちな職種の人々の本音を実につかんでおられると感心します。

 職能の部分だけ徹底すれば、それはもう社外化独立しかないわけです。大多数はそんなことは望んでいない。セイコーエプソンの本業のど真ん中で力を発揮したいと切望しているはずであります。本書に描かれている、デザイン部門を事業部の中に置くは、職業人の気概を実によく理解した施策であると思いました。この部分、イノベーションがどうのこうのというよりも、職業人への遇し方、処し方という点ですばらしいと思いました。

【5】感謝

企業の中の個別の組織について、これだけ内側の目線から描かれたものは少ないと思います。

 このように具体的に一企業の組織のことを紹介してくれる本はめったにありません。著者佐藤氏に感謝申し上げます。

泉谷渉『電子材料王国 ニッポンの逆襲』東洋経済新報社〔2006.5〕を

泉谷渉『電子材料王国 ニッポンの逆襲』東洋経済新報社〔2006.5〕を読みました。


【1】一言紹介

 2006年の冒頭時点での電子材料業界は好調だ。将来性もある。ここで勝っているのは日本の100年企業である。それを「なぜか?」と分析されている書であります。

 最近の製造業を論じた本の論調で多いのは「ライフサイクルはどんどん短くなってくる。多品種少量化は進みロットはどんどん小さくなる。だから製品構成をモジュール化をして、バラバラにして切り出して、安いところで調達すべし。業務も然り。切り出してアウトソーシングすべし」といったものであります。

 しかし、本書は、これらとは真逆の当事者コメントをたくさん取材されています。ここが妙味であります。こうした我が国の製造業の貴重な生の声を記録されたことに感謝申し上げます。

【2】メッセージ

 電子材料業界の製造業は日本人の国民性に合っているから強い。このようなタイプの製造業で生きるこの国民性は財産であり、大切にしようというメッセージを拝受いたしました。

【3】組立て

【3-1】業界を見る視点・構図

 IT産業を 川上、川中、川下に分けて捉えます。セットメーカーは川下、電子デバイスは川中、電子材料は川上となります。セット機器は最終商品でPCやデジタル家電や携帯電話などです。電子デバイス半導体、ディスプレー等。その川上にあるのが電子材料で、シリコンウエハーなどの半導体材料、ディスプレー用材料、電子部品材料などで構成されています。
 
【3-2】仮説1;マテリアルの時代

 著者泉谷氏は、業界の収益構造は15年刻みくらいで移行・変化が起きてきたと捉えておられる。1970〜1985はハードウェアの時代、1985〜2000 は半導体の時代であった。2000〜2015は電子材料、マテリアルの時代ではないか、と仮説を立てておられる。

 電子材料業界は日本が強く、電子材料では日本の世界シェアは65%、半導体材料における日本の世界シェアは60%以上、ディスプレー材料においては70%以上とのことです。

【3-3】仮説2;マテリアルで日本の百年企業が強いのは国民性に合ってているからだ

 また電子材料の企業は百年企業が多い。彼らがこの業界で強いのは日本の国民性に合っているからだ、という仮説を立てておられます。取材を通じて確信を深められていったことがよくわかります。これは納得しました。「こんなにも緩慢で、かったるく、愚直な作業を日本人以外の誰がやるだろうか」(タキロンの井平誠氏、p.214)というわけであります。

 「和を大切にする日本的システム」(トッパンコスモ常任監査役 岡見宏道氏 p.234)「きめ細やかな感性、品質に対する徹底的なこだわり、一つのことを追求するある種の緩慢さ(p.246)「きめが細かく律儀で」「ちまちましており、一つのゴミも許さないという清潔志向」(p.51)と言われると納得します。
  
 昨今はどちらかといえば、これらの特性は「欠点」とされる論調が多いように思います。こうした肯定的な論調は重要であります。

【3-4】弱みは?

 材料メーカでありますから、やはり宿命はあります。コストダウン要求と代替材料の登場が脅威とされています。
 サムソンは「すさまじい価格の引き下げ要請をしてくる」(p.239)し、「材料メーカーはいつでも代替される技術に怯えている」(p.230)というわけです。


【4】趣向

 現地へ取材して、各企業の当事者の発言を編み上げるという構成となっています。当事者の生の声というのは迫力があります。仮説の裏づけとして上手に構成されておられます。とても読みやすく、納得させられてしまいます。私は下記7つの特性と理解しました。

1.取り扱い製品の特性=得意分野に特化
2.プロセスの特性  =擦り合せ、人に依存
3.勝ち筋の特性   =先行投資と長期戦
4.打ち手の特性   =コストより品質
5.リソースの特性  =長期間雇用
6.カルチャー
7.資産面、費用面の特性



1.取り扱い製品の特性=得意分野に特化
  この分野は「単品大量生産・大量消費の時代」(p.242)であり、「成功している企業は」「得意分野に特化している」(p.17)という特性があると理解しました。

2.プロセスの特性=擦り合せ、人に依存
 この業界は「標準的な材料を創意工夫でエレクトロニクス向けにデフォルメしてゆくというプロセス」(p.51)という。「相手の製造プロセスに合わせて作り込むという技」(p.101)が重要で、「顧客のニーズに対して、徹底的にすり込みすり合わせを行う」「お客様との摺り合せがもっとも重要」(富士フィルム 槙野克美部長、p.137)という。
  
  リードタイム特性としては「長い長い開発期間と商品化までのトライアルの期間を我慢しなければならない」(富士フィルム佐々木執行役員、p.138)「長期間にわたる集積が必要」(p.216)で「10〜15年かかることは日常茶飯事」(p.214)という特性があると理解しました。
 
  人の介在が重要で、「液晶製造プロセスには人が介在するところも多く、また人を育てるには数ヶ月以上かかるため人材育成は継続的な課題だ」(チッソ寺島兼詞部長、p.125)というわけです。

3.勝ち筋の特性=先行投資と長期戦
  設備投資先行以外に勝つ道はなく、1000億円以上の投資をすれば回収には10年以上かかるという長期戦です。
 
4.打ち手の特性=コストより品質
  「改良して顧客の要求に応えていくのが技術屋の使命。コストダウンなんか二の次。品質で積み重ねた信頼関係ができれば、相手はそう簡単によそのものを使わない」(p.99)。戦略は「時には過剰品質・サービスを提供することも必要だ(ニッポン高度紙工業 関社長、p.155)」となります。

5.リソースの特性=長期間雇用
  「何しろ、50年間も一緒に働いているわけだから、あうんの呼吸で物事は進んでいく。従業員全体の一体感が高信頼、高歩留まりの製品を生み出す。これだけ長くやってきて一人のリストラも行っていない」(日本ゼオン 高岡工場長岡田誠一氏、p.130)

6.カルチャー
  取材された著者泉谷氏が感じられたのは「まったりとした表情」「ゆったりとした社風」(p.225)ということであります。


7.資産面、費用面の特性
 「その多くが国策会社」(p.225)であり、100年にわたる事業の間に蓄えた土地、不動産などの含み資産は、実はたいへんな額に達している」(p.225)というわけで、資産家なのですね。さらに「企業の交際費という点でもダントツ」(p.226)だそうです。





以上

山田太郎『日本製造業の次世代戦略 知られざる「第三の敗戦」の危機

山田太郎『日本製造業の次世代戦略 知られざる「第三の敗戦」の危機』東洋経済新報社〔2007.3〕を拝読しました。

【1】感謝

 本書は、2007年冒頭時点の日本経済というマクロな状況から話が始まります。そして、話題はBOMというこれまで地味であった情報システムの具体的な話題に至ります。その視野の広さは見事であると思いました。地味なBOMという世界にマクロ経済的意味を与えてくださった著者に感謝申し上げます。

【2】メッセージ
 
日本の製造業に対する提言の書であります。

 これまで美風と思っていることは通用しなくなる。時代に合わせて価値観を変えなければならない。そうしないと製造業は「第三の敗戦」(第二次大戦とマネー敗戦に続く第三の敗戦というわけです)を迎える、と主張されています。

 ではどうするか。「新しい時代の新しいやり方」(p.222)を提案しておられます。新しいやり方は「プロダクトイノベーション」(p.56)であり、「製品それぞれの付加価値を向上させる」(p.176)ためにBOM(部品構成情報)を活用することだ、とされています。

【3】組み立て

 昨今の変化を「ネットワーク化」という言葉で説明をされておられます。そういう時代には「製品の戦略的自由度」が重要と仮説を提起されるという文脈になっています。「戦略的自由度」というのは難しい言葉ですが、要するに、QCDをこうしたいと思ったときに、そのようにできやすい、というような意味だと理解しました。その「自由度」を持つための策として提案されるのがBOMという流れです。

 ネットワーク→戦略的自由度→BOMというのが文脈となっています。読者私は下記のように理解しました。


 (1)ネットワーク化

 20世紀後半の日本の製造業は強かった。それは大量生産大量販売であったからだ。だが20世紀末から情報の非対称性がくずれた。何が変わったのか、それは「ネットワーク化」である。
 
 一方で、わが国はせっかく持っていた「日本型サプライチェーン」(p.86)ネットワークを失ってしまった。「部品の調達先をどんどん海外へと移行」(p.87)させ「どんどん技術移転を行った」(p.87)からだ。それは中長期視点が無かったからだ。

 ネットワーク化とは、製品が機能毎に切り出されて、ネットワークでつながって、スペックを実現するということだ。その機能を構成する製品機能、プロセスはグローバルに調達する。そういうやり方の時代になってきた。

 この時代では、職人だ、匠だという美風は通用しない。ていねいに作ること自体に満足していては駄目だ。器用だからといってモジュール化に遅れる。新製品が多く出過ぎる。オーバースペックになりがちだ。改革といってもプロセス改革ばかりでは駄目だ。


(2)製品の戦略的自由度

 プロダクト改革をしなければならない。プロダクトを要素分解して、QCDに対する「戦略的自由度」を持てるようにしなければならない。経営の判断をスペックに反映できるようにしなければならない。そのためにスペックを経営判断に生かす工夫が必要だ。
 
(3)製品仕様情報の集積はBOMで行う
 
 それには製品の仕様情報を集積しておかなければならない。「マスターデータを精巧にする」(p.178)ことが必要だ。それにはBOMという情報が必要。

 自社の製品の仕様情報を集積。製品の仕様を3つの層に分ける。プラットフォーム部分とオプション部分とカストマイズ部分にわけて捉えてモデル化して、どこに競争力があるかを特定し、自社でやること、他社に依存するところに分け、仕様情報はBOMという器に集積する。このBOMを仕事の中心に据える。業務もその単位で「タスクユニット」として定義をして、プロマネが責任を持ってマネージメントするようなやり方をとるべきだ。旧来のような組織間のバケツリレーでは駄目だ。組織と製品構成の間の自由度も高めなければならない。


【4】本書の趣向

 ネットワーク化という言葉が非常に多く登場します。重要なキーワードと理解しました。

 この言葉は非常に多義的で広義な言葉です。本書の中でもいろいろな観点で使われています。あるときは物流のネットワークを表しています。あるときは製品の中の機能のネットワークを指します。またあるときは産業連関のネットワークを指しています。

 著者は非常に明晰な方でありますので、ネットワークというキーワードで視点が飛躍します。その飛躍の妙味が本書の魅力となっています。


以上

石川和幸『図解 SCMのすべてがわかる本』日本実業出版社〔2008.6〕

  石川和幸『図解 SCMのすべてがわかる本』日本実業出版社〔2008.6〕を読みました。

 
【1】一言紹介

 製造業が近年多く取り組んでいるSCMという領域の解説であります。タイトルは「すべてがわかる本」となっております。著者はわが国の製造業のSCMを多数経験されている屈指のコンサルタントであります。

 「すべてが」という題名通り、オーバーオールにバランスよくこの分野を、解説してくれています。また「わかる本」であることを徹底的に追求されており、個々の各論に埋もれることは自制・抑制されており、これ以上無いというほど明解で平易に推敲されています。抽象的な言葉、乱用されがちなIT用語は排除されています。

 技術や手段や理論の観点ではなく、マネジメント、目的、実践の観点から解説してくれているのが特徴だと思います。

【2】メッセージ

 SCMはマネジメントつまり経営の意思決定の領域の問題だ。オペレーションつまり作業の一つではない。特に需給計画業務は「会社の収益構造そのものを左右する」(p.76)重要な業務機能であり、「マネジメントが参加する必要がある」(p.77)マネジメントが参加できるように問題を「編み上げる」ことが必要である。

 まずは自社のビジネスのあり方がどうなっていて、ビジネスモデルをどう選ぶかという方針の問題がある。その方針を達成するために、どういう構えが必要かという問題ができる。自社の製品や顧客を分類し、層別して、それぞれに対して構える必要がある。SCMを支えるのは物流が土台となった計画と実行と評価のしくみである。しくみを作るには自社の特性をよく知り、自社の制約条件をよく理解している必要がある。構え、しくみをまわすために業務がある。組織の権限、役割の観点から業務を設計し、合意を形成し、実現しなければならない。


【3】組立

 章立てとしては、目的から解き起こされて、SCMの要素を分解され、その要素を御経験された事例・逸話をふんだんに引用しながら説明をされています。
 
 メインの流れとしては冒頭の目的の解説から個々の要素解説に到るまで、とても実践的で具体的な言葉で説明されています。

 読者がどうすれば理解しやすいかを徹底的に意識された組立となっています。読者私が感謝申しあげるのは下記のような配慮であります。
 (1)概念は後でふれる、
 (2)今日的話題は繰り返し織り込ませる
 (3)理論・論理・ソフトの乱用への警戒を繰り返し喚起する



 (1)概念は後でふれる

 専門家の方であればついつい深入りされがちな話題もいくつか出てきます。しかし、これらをあっさりと「実は難しい」と触れる程度で自制されています。例えば下記のような4箇所は未熟な方であれば章を起こして力みかえって語ってしまいたくなるような誘惑に満ちた話題でしょう。しかし「すべてがわかる本」の趣旨から言って見事に惜しげもなく割愛されています。人徳を感じます。
  「納期回答は実需に対して、対応できるかどうかの『返し』の情報です」(p.19)
  「正確に納期回答を行うことはなかなか難しいのです」(p.72)
「もっとも大切なのは利用可能在庫の定義です」(p.101)
「単純に書きましたが、受注時の出荷配分の問題は意外に根が深く難しいものです」(p.125)

 そして第10章になってやっと「キーとなるフレームワーク」(p.182)として「紐」(p.182)という言葉で概念的な装置を提示してくれます。いかようにも晦渋難解になってしまう分野なのですが、これまた平易・簡潔に説明されています。類書がこっそり避けているような難所を、平易に、力まずに、深入りせずに、わかりやすく解説されている章であり、これは本書の白眉ではないかと感動申しあげました。

 (2)今日的話題は繰り返し織り込ませる

 また注意すべき今日的な点は繰り返し螺旋のようにリフレインのように登場して、読者の脳裡に残るように組み立てられています。
 一つは製品のライフサイクルとSCMモデルの話題です。在庫ポイントの話題のところでも、プッシュかプルかという考察をされている個所にも、需給バランスの説明のところでも、コラムにも登場します。
 二つ目に気づいたのはサービスパーツのSCMの話題です。これも繰り返し触れられています。競争優位領域として重要であること、24時間365日対応が必要であることなど、随所に登場して注意を喚起されています。

(3)理論・論理・ソフトの乱用への警戒を繰り返し喚起する

 プル型であれ、需要予測理論であれ、スケジューラであれ、ERPであれ、それらは手段であり、本筋のSCMとは関係無いものであることがよく説明されています。これは裏を返せば業務現場への敬意ということであり、このへんに著者の倫理感を感じますし、共感致します。

 「論理で現実を判断する逆立ちしたやり方です」(p.36)というのは至言であり、このあたりが著者の思想の根幹にあると拝察しました。


【4】文体

 SCMがどうのこうのではなく、日本語の書籍としてこれほど完成された本はめったにないと思います。なぜかくも自然で明解で平易な文章が書けるのか不思議でなりません。読み手の理解する速度、思考回路を熟知しきって推敲されているとしたら、おそるべき書き手であります。
 
 実践家であれば自分の関与した「成功事例」をもっと声高に喧伝するものですが、そんなそぶりはまったくありません。
 エンジニアでれば自分の得意領域や興味領域に引寄せて固執する論考になるものですがそんなところは微塵も無い。
 アカデミックな論文であれば、過去の類似研究に対していかに自分の視点が優れているかをあからさまに主張するでしょうが、そんなあられもないところはまったくありません。
 ITジャーナリズムであれば大げさな煽り、断定、妙な用語の乱発がありがちですが、そんな野暮はまったくありません。 

 きわめて静謐に淡々と語る語り口は自然体であります。ページ構成を想定して、見開きで読みきり形式となっていて、どのページを複写してもそのまま「使える」資料になります。図の位置も計算されており、わかりやすいです。

なによりも日本語を大切にされています。「紐」、「キモ」、「編み上げ」、「構え」…など。抽象的な言葉や概念的な言葉を極力避けておられることと拝察致します。バズワード(buzzword)に対する憂慮をもたれることと拝察申しあげます。

 そして根底にあるのは、日本人の仕事の仕方に対する深い敬意だと思います。PSIは日本が発祥の地であると書かれています。日本の計画担当者が「責任を感じて、“なぜこの数字なのか、大丈夫なのか”を突き詰め」(p.178)るときに「役に立ってきたのがPSIの情報なのです」(p.178)というわけです。「数字に責任を持つ人間が、議論の末、共通理解をもって意思決定していく経営土壌」(p.163)をとても肯定的に描かれておられます。

 このような観点からも高額なソフトは不要であり、結果はシンプルになるであろうという確信を述べられています。

【5】著者への感謝

 本書そのものが、結果としてきわめて平易で理解しやすい名著となっているのも、このような著者の確信を自作に適用されたものと思います。自己実践というわけです。このあたりにも著者の職業倫理を感じる次第であります。

エイドリアン・スライウォツキー『ザ・プロフィット』ダイヤモンド社

エイドリアン・スライウォツキー『ザ・プロフィット』ダイヤモンド社〔2002.12〕を読みました。


【1】一言紹介

 ビジネスの成功に不可欠な利益の上げ方のパタンについてわかりやすく教えてくれます。

 設定は、物語仕立てであります。大企業デルモア社の戦略企画部門に勤めるスティーブ・ガードナーという若者が、「ビジネスで利益が生まれる仕組みを知り尽くした男」(p.3)であるデビット・チャオから毎週土曜日にレクチャーを受けるという設定になっています。土曜日の都度ということで読みきり形式の章立てになっています。


【2】メッセージ

 利益をあげるにはどうすればいいか。読者私は下記のメッセージを受け取りました。

 利益をあげるにはパタンを学び、自分で考えよ。そのためには成長しなければならない、そしてそれは可能である、現にスティーブが成長したではないか。そのためにはチャオが言っているような考え方、やり方がある。粘り強くやれ、思い込みに執着するな、憶測ではなく事実にあたれ、数字を用いて語れ、遊びだと思って楽しみながらやれ、などだ。もっとも重要なのは顧客を理解するということだ。顧客とともに時間をすごせ。


【3】組み立て

 事例と考え方がミックスされていて、パタンが理解できて、自分で考えられるようになるように組み立てられています。

 一つ一つの章とあり方としては23の章にそれぞれ一つずつ、企業が利益を生む方法、利益モデルの説明が割り当てられています。前半はチャオの解説、スティーブの質問、チャオのアドバイス、そしてチャオから読書課題が出される、という構成です。これが終章に近づくと、スティーブが自分でリサーチしてきた分析をチャオが聞き、コメントするという構成に変わってゆくのが見所になっています。

 全体の流れは3つの流れが織り込まれています。第一のメインのストーリーはスティーブとチャオの対話形式で、モデルの説明がされるというのであります。もう一つの本質的なストーリーとしては、スティーブが明らかに徐々に成長をしてゆくプロセスが組み込まれています。さらに成長するスティーブが実際にデルモア社の中で試行錯誤を通じて成功に近づいてゆく過程が描かれます。

 構成要素としては下記の7つによって組み立てられています。
(1)モデルについての解説と質疑
(2)そのモデルを(チャオが)知りえたきっかけとなった見聞・経験談
(3)仕事のしかたについてのアドバイス
(4)勉強のしかたについてのアドバイス
(5)根幹を成す物の考え方についてのアドバイス
(6)チャオの職業観、企業観
(7)デルモア社でのスティーブの仕事へのアドバイス


【4】アプローチ

 この道30年のベテランであるチャオやチャオが見てきた成功者たちがどういうアプローチで業績をあげてきたかを語る部分は勉強になります。

 基本的には「インタビュー」であり「膨大な本を読み漁り」であり「数字をつかむ」であります。要するに聞き取りと読み取りなのですね。別に特別の秘訣があるわけではないというところがよくわかりました。

【5】味わい

 チャオの職業観のようなものが語られているときにちょっと醒めた含蓄・味わいがあります。

 「誰かに頼りにされているという状況がなければ仕事を完成させることはできない」(p.45)といった箴言も味わいがあります。

 成功しすぎた男が会社を追われたシーンについてのコメントもいいです。「簡単だよ、何と言おうと彼らの会社なんだ。お金を握っているのは彼らだからね。彼は笑顔で自分のオフィスをすっかり整理して出て行った」(p.94)
チャオの職業倫理の根底にある思いのようなもの−コンサルもスタッフもオーナーではない、といった思いを感じます。


【6】感謝

 「ビジネスのデザイン」ということについて、このように洒落た物語で表現されたものはなかなか無いです。著者および訳者に感謝申し上げます。

日経ものづくり『ものづくりの教科書 強い工場のしくみ』日経BP社

『ものづくりの教科書 強い工場のしくみ』日経BP社〔2006.10〕を読みました。

 
【1】一言紹介

雑誌「日経ものづくり」の記者が実際に工場を訪れて、取材して積み重ねてきたレポート集です。実に50余りの現場の事例取材がまとめられているという貴重な書です。日本の製造業の工場の現場の強さがわかる本です。
 

【2】本書からのメッセージ

 本書から受け取ったメッセージは
「日本の強い工場にはしくみがある、そして、そのしくみは現場で試行錯誤されつつ設計されてきたのだ」
というものであります。

 下記のことがよくわかりました。 
 (1)それぞれ個別に条件があり、制約がある。
 (2)その中で現場のわかる方が主体となって
 (3)意思を持って、設計がされてきた。
 (4)試行錯誤が繰り返され、細部にいたるまで工夫に満ちている


 読者私は他社の工場現場というのはあまり伺ったことはないのです。伺ったとしても、そこにある光景が「最初からそうなっていたもの」として受け止めてしまいがちです。実は、工場現場というものは、ある設計意図をもって、制約条件の下で、試行錯誤が繰り返されてきたものだ、とはなかなか捉えられないです。

 ですが、この本では、どのような事情・意図で強い工場のしくみが作られたか、という観点で多くの工場の事例が集められています。同じ工場は一つとしてないのですが、とても丹念に取材されていますので、何が似ているのか、がわかってきます。「強い工場のしくみ」はどのようにして「設計」されてきたのか、だんだん頭の中で組み立てられてきました。



【3】「工場のしくみ」はどのように設計されるか
 
 章立てとしては、事例取材がトヨタ式、セル生産、自動化、マザー工場、情報技術の活用などのテーマにまとめられています。それぞれの解説の後に現場取材記事が数本ついているという構成になっています。

事例取材を読んでいくと、
 (1)「工場のしくみ」の設計を決めるものは何か、
 (2)「工場のしくみ」の設計はどのように進むのか 
 が理解できました。


【3-1】「工場のしくみ」の設計を決めるもの

 
 工場のしくみは 目標数値+作る製品+企業の風土で決まるのではないかと理解しました。

 記号で
 Q;目標数
 P;作る製品
 F;企業の風土
 S;工場のしくみ  とおくと
 S=Q+P+Fとなるように理解しました。

 まずは目標数値ですが、目標に盛り込まれるものは下記の3つくらいの事情であることがわかりました。

 (A)企業のおかれたビジネスの環境
 季節変動がおおきい(「ピーク期の生産量は閑散期の7倍」(p.97))、多品種少量化(「月産2000本以下の割合が20%→60%化」(p.100)、「製品の仕様が納入直前まで変わりやすい」(p.150)、先が読めない、すぐ模倣されるなどといった顧客・市場・業界の事情です。
 (B)工場現場の背景
 建屋が狭い(本書例;「38万平方キロメートル。空間の狭さが目立つ」)とか、人が集まりやすいかどうかといった背景です。
 (C)意志の力、方針
 設計には意志の力が大きいと理解しました。例えば、マザー工場にするために「設備費を半分、敷地を半分にする」(p.192)とか、「日本で未来永劫ものづくりを続けていきたい」(p.178)、「自動車業界の開発期間短縮についてゆく」(p.168)といった意志です。

 このような事情を合成した数字目標、リードタイム○○日、とか、翌日出荷体制といった目標がまずは一つの入力であろうと理解しました。目標数値はA,B,Cで決まると理解しましたので、記号で書けば、Q(A,B,C)といった略号としておきます。


 次の要素としては、P、なんといっても作る製品です。作る製品が何か、です。詳しくは、自社製品の持つ仕様、自社の技術的な構造であると理解しました。これもまた数字が伴うことが多い。モデル数が20,000種類ある、とか部品点数が10,000点であるとか、金型が1箇月かかるといった数字が伴います。

 本書の事例の中では、製品が重いとか、軽いとか、見分けにくいといったことが意外に重要な要素であることがわかります。塗装工程が非常に高温であるとか、化学的なプロセスなのでバッチ不可避とかクリーンルームが必要といった制約事情も入ります。

 
 以上のQとPが入力だと理解しました。

 そして成果、結果として得られるのが、S、工場のしくみ、すなわち工場の生産プロセスなのだと理解しました。

  Q+P→Sという理解です。

ただし、こういう設計が実現できるためには

 F、風土、もう少し詳しく申しあげれば「追風・土壌・カルチャー」が必要であることがわかりました。社内でおおがかりな業務改革のプロジェクトが並行で進んでいるとすれば、追風・機運というのものがあります。あるいは日常的に部門間で協調して擦り合せをする土壌があると大きな力となることがわかりました。

 本の中でも設計と生産の頻繁な擦り合せが行われていること、その具体的シーンとして、「設計部署にラインを見せる試み」が取材されています。そういう背景の中で「リード線の処理が困難であることを設計部門に伝え、設計変更対応してもらった」(p.118)といった工程の設計事例が取材されています。

  それをさきほどの略式に加えれば、Q+P+F→S、というような書き方になるのではないかと理解しました。



【3-2】「工場のしくみ」の設計はどのように進むのか 

  本書を読むと、工場のしくみを作る段階も理解できます。まずは、理由をもっておおまかな方式・流し方を選ぶ、その上で、個々の問題解決を個々に積み重ねる、といった段階をたどることが理解できました。

  このあたりをやや細かく分解すると、下記の9段階くらいになるのではないかと理解しました。

 (1)製品あるいは部品を内製するか、外部調達するかを決める

  自社内で一貫生産するのか、外部調達していたものを内部にとりこむのか、あるいは内部でやっていたものを外部に委託するとか、という決定です。

  事例の中でも多様なケースが取材されています。何をどこで、というのは基本的な最初の段階としてあります。 

 (2)生産の方式を決める

  次におおまかな流し方、方式の選択が大きな意思決定になるようです。ラインで作るか、セルで作るかという選択がよく登場してきます。ラインであってもプル型のJITで混流生産をするであるとか、一台流しをするであるといった事例が取材されています。セル生産だとしても、一人屋台もあれば、ロボットを取り入れたセルといった進化があるようです。(このへんは動物図鑑などにのっている進化系統樹に似ています)

 (3)大きな課題に対して対策する

  おおまかな方式を決めて、それから課題解決策を盛り込みます。例えば、事例集の中でも多くふれられている大きな課題として、「バリエーションを吸収するにはどうするか」「正従業員による熟練が期待しづらくなってきている、どうするか」などといった課題があります。

  こうした大きな課題に対して、それぞれの工場がそれぞれに解決策を練り上げて行ったことがよくわかります。例えばバリエーションへの対応については、多くの対策がとりあげられています。サブラインとメインラインをうまく分ける、設備の貸し借りをする、モジュールの入れ替えで対応可能にする、作業員の配置を柔軟にする、ロボットの手を付け替える等々といった具合です。

 
 (4)工夫を細部に及ぼす

  現場の実際の中で工夫はさらに細部に及ぶことがわかります。作業を止めない工夫がいたるところでされているさまがよく取材されています。使う順番で工具が下りてくるであるとか、部品が供給されてくるといった工夫を、様々な小道具を通して、あるいは情報技術をうまく組み込むことで実現していることがよくわかりました。

  有名な水すまし(ミズスマシ)と呼ばれる職種の活躍もあります。小道具としては、作業台、台車、部品棚、トレーなどがあります。トレーにしても、作業性を考えて大きさを標準化したり、仕切り板を内製したりと工夫がされています。台車も機能によって色を分けたりする事例が掲載されています。部品棚にもいろいろなバリエーションがあるようです。

  強い現場では、様々な小道具に対しても、きめ細かい工夫を細部に及ぼしていることがよくわかります。

 (5)方式を進化させる

 現場の日々の問題に対する解決策を積上げ、試行錯誤を進めてゆくと、当初選んだ方式も進化をしてゆくという事例がよくとりあげられています。例えばセルとラインが併用されたり、自動化工程と人手の工程を併用したりといったことです。一律な施策ではたちゆかなくなる、現場は生き物であるとよく理解できます。

 併用のしかたそのものも多様にとりあげられています。前工程・後工程で併用したり、閑散期・ピーク時といった季節で併用したり、大ロット品、小ロット品といった機種で併用したり、現場現場によってそのありさまが多様であることもよくわかります。
 
 (6)会社を越えて、前工程、後工程との連携を図る

 セル生産であれば、部品サプライヤーとの同期を図る。また製品物流側でデポを持って柔軟性に対応するといった事例がとりあげられています。工場の外側も巻き込んでゆくことがよくわかります。

 (7)工程を質的に進化させる

 工程を進化させてゆくと、その先に質的な進化があります。作るものによって、工程を変える考え方が事例の中で紹介されています。とても示唆的な話題であります。「部品点数や組立作業の複雑さに応じてアセンブルショップの構成を自由に変える」(p.181)という考え方です。

 (8)工程を設計するというノウハウを蓄える

 以上のように工程作りを経て、強い工場のしくみを作るノウハウ、つまり工程を設計するという重要なノウハウが蓄積されてゆくことがわかります。

  本書の中でIDEC社の「工程設計支援システム」や、松下電器松下ホームアプライアンス社エアコン事業部における「人間動作シミュレーションによるセル生産工程の検証」といった事例が紹介されています。セル生産は作業者の自律性の尊重であるわけですが、更にそこに情報技術が活用されることでさらに磨かれるということが取材されています。

 (9)工程設計の知見を持つ

  自社で工程を設計して、進化させてゆく過程でノウハウが再利用可能な知見となっていったのだろうと推測します。例えば、プル生産といっても、「JIT納入はサプライヤーへの凶器になりうる」(p.33)とか「部品生産はなるべくセル生産と距離の近い場所で行い」(p.105)といった箴言のような知見ともなってゆくことがわかりました。


【4】趣向

 本書には写真や図がふんだんにつかわれています。これもまた理解を助けるにはすばらしい効果となっています。工程や、しくみを描いた図は見る分には一瞬であるわけですが、作るとなるといかに骨がおれることか。読者私もサラリーマンでありますから、説明図には、いかに時間がかかるかはよくわかります。この種の図が出てくるのあだやおろそかには見られないです。

冒頭の現場のカラー写真もいいです。生産現場のカラー写真というのはなかなか入手しづらいものであります。貴重な写真であります。
 
 読む人にもよると思いますが、とてつもない豪華本だと思います。
 
 
【5】感謝

 なかなか見ることができない工場現場の事例の貴重な記録をまとめられた『日経ものづくり編集部』には感謝申しあげます。
 
 
【6】余談

 最近は採用面接といった用事をすることがあります。かつて面接される立場はよく経験しましたが、面接「する」立場というのは初体験です。

 採用面接ですから、大学生や大学院生の方と相対しています。ありきたりですが「会社で何をやりたいか」ということを聞くわけです。読者私が勤めているのは製造業でありますから、理学部や工学部の方が主になります。面接をしてみると、こういう学部の方はほとんどの方が製品の開発を志望されていることがわかりました。製品、つまりプロダクトですね。製造業といえば、あっさりと言えばプロセスでプロダクトを作り上げるものであります。しかし、プロセスを開発したい、という方にはあまり出会いません。プロセスは業務プロセスといってもよいです。例えばラインを設計しますとか、あるいはコールセンターのしくみを作りたいです、といった志を持った方に出会うことはめったにないことです。

 学生の方からはプロダクトは見えるのですが、プロセスは見えないのですね。学生の方に限らず、当たり前ですが、外からは企業の中の業務プロセスがどうなっているかはわかりにくいです。「プロジェクトX」も製品開発が中心でありました。プロダクトは絵になります。しかしプロセスの方は絵にならない。プロセスは、あたかも、はじめからそうなっていたかのようにある、という類の見え方になっているのでしょう。プロダクトと異なってカタログもない。TVドラマなどでも企業のシーンはよくあるのですが、なにげないオフィス風景以外は知りようもない。

 製造業には多様な業務プロセスがあるわけですが、特に生産プロセスの実態というのは、なかなか明らかではありません。生産プロセスにふれる機会は、産学共同研究でもしていない限り、小学校の社会科見学や大学の機械工学などで行っている現場実習くらいしか無いでしょう。


 そういう状況を鑑みますと、本書は稀に見る貴重な名著であると思います。

以上